yumeshosetsuol’s blog

ただのOLの趣味です。今は2つの別の話を同時進行で更新しています。カテゴリーに分けると読みやすいです。

9話

11月から始まった、世界の茶葉を集めた催し物は、初日から大人気だった。
愛莉と約束したのは11月の第一土曜日だ。
お茶だけに午後からの方が混むと聞き、午前中に待ち合わせをしていた。
家まで迎えに行くと言ったのだが、車を出してもらうから平気だと言われ、最寄りの六本木駅で待ち合わせになった。
待ち合わせの10分前に着いた天馬は、人混みを避けて愛莉を待っていた。
正直、あまり気分は乗っていなかった。
今まで音以外の女の子と出掛けたことはなく、こうして待ち合わせ場所で女の子を待つというのは、どうしても音とのデートを思い出してしまうからだ。
異業種交流会で愛莉に言われた言葉が引っかかっているのか、何となく音への罪悪感のようなものがあった。
「ごめん、お待たせ!」
待ち合わせ時間ちょうどに、愛莉が来た。
「いや。じゃあ、行こうか」


道すがら、愛莉の趣味がお茶だということを聞いた。今まで、サプリメント等で健康状態を維持していたが、お茶も体にいいということで、適度に摂る習慣があるらしい。
最近はちゃんと食べるようになり、色々なシーンで飲む茶葉を変えたりとこだわりがあるようだ。
六本木ヒルズの高級ショッピング街に並ぶビルの一つに設けられた会場は、午前中にしたこともあって思っていたよりも混んでいなかった。
落ち着いた品のある内装に、デジタルコンテンツが所々に取り入れられていて、おそらく父の事業が関わっているのだろう。
「お味見いかがですか?こちらはすべてイギリス産の紅茶でして、中でも希少価値の高い━━━」
「こちらは、京都のとある茶園でしか栽培されていないものになっており━━━」
販売員が勧めてくる茶葉はどれもこれも高級品で、あたりは香り高い芳香で満たされていた。
はぐれるほどの人混みではないが、人に当たらないように愛莉を目当ての店に誘導しつつ、嬉しそうに辺りを見ている姿に安心した。
お茶好きと言っていた通り、前を通り過ぎる店々に興味津々のようだ。
目当ての店に行くと、ブースの一角にちょっとした試飲コーナーが設けられていた。
天馬や愛莉が気に入った一番人気の茶葉だけでなく、季節のものや珍しいフレーバーと組み合わせたものが沢山並べられている。
いくつか気になるものを飲んだり、販売員の話を聞いたりしているうちに、意外にもあっという間に時間は過ぎていった。


会場を出る頃には昼のピークを過ぎていた。
近くのお店に入りランチをしながら、愛莉は納得のいく買い物が出来たのか、終始楽しそうだった。
お店を出てから、特に行く宛もなく歩いた。
隣で愛莉がC5のメンバーとの思い出や愚痴やらを話してくれ、天馬がそれに相槌を打つ。
愛莉の表情はくるくるとよく動き、それを見てるだけで何となく明るい気持ちになれた。
「あれ、愛莉…?」
不意に後ろから愛莉を呼ぶ声がした。
反射的に天馬も後ろを振り返る。
愛莉の横にいる人物が、まさか天馬だと思っていなかったのだろう。
驚きで目を丸くした音が、天馬を見上げていた。
隣の愛莉も、まさか六本木で遭遇するとは思っていなかったようで、反応が出来ていなかった。
「音…」
天馬も予想していなかった展開に軽く目を見張り、かつての婚約者の名前を呟いた。
「天馬くん…」
呼ばれた名前に反応して顔を向けた音は、少し気まずそうに天馬を見る。
お互いに何も言えず、ただ沈黙が落ちた。
「馳…なんでお前と愛莉が一緒にいるんだ?」
音の隣に立つ晴も驚きを隠せない様子だ。
二人が驚くのも無理はない。
彼らが知る限りで、天馬と愛莉に顔見知り以上の接点はないのだ。
「パパ達の仕事の関係で知り合ったの。今日はHASE LIVEが協賛してる催し物に行ってたのよ」
何とも言えない居心地の悪さを感じているのか、愛莉は詳しく語ろうとはせず、掻い摘んだ説明をした。
「仕事の関係…?いつの間にそんな…」
いつも何かしらのフォローを入れる天馬が無反応で、愛莉はさっさと切り上げてこの場を去ることに決めた。
「ごめん、ちょっと急いでるから。じゃあ、音、晴。また学校でね」
晴の疑問を途中で遮り、愛莉は先を急いでる風を装うと、天馬の腕を引き二人に手を振った。
「う、うん。またね」
音の笑顔も声もどこかぎこちない。
冬の空気を纏った乾いた風が、複雑な面持ちの四人の間を吹き抜けた。