yumeshosetsuol’s blog

ただのOLの趣味です。今は2つの別の話を同時進行で更新しています。カテゴリーに分けると読みやすいです。

2音目

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図書館は、外の空気がちょうどいい温度だからか、入り口と窓が開いていた。

心地よい春の空気に、心なしか本も喜んでいるように見えた。

彼女を探そうと思ったその時、見つけた。

彼女は、児童書が集まるところで子供たちに囲まれていた。

周りの子供たちは嬉しそうににこにこ笑いながら彼女の読み聞かせに夢中になっていた。

その光景が微笑ましく、僕は少し離れたところの椅子に座って眺めた。

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少し大げさに起伏と感情を込めた読み聞かせは、子供でない僕でも引き込まれるものがあった。

「そして、うさぎさんは空を見上げました」

その言葉通り彼女は図書館の天井を見上げようと顔をあげた。

僕と目が合う。

「大志くん!」

彼女が僕に向かって手を振る。

そこで気づいた。僕は彼女の名前をまだ聞いていなかった。

「ここから先は、望結ちゃん呼んで」

そう言って、輪の中の一番年上の女の子に絵本を渡し、彼女は僕の方に歩いてきた。

「待ってたよ」

彼女の無邪気な笑顔は春の陽気によく合う。

「そう、名前、聞いてなくて」

僕は言い訳するように言った。

「私は捨て猫だよ。名前はまだない」

有名な一説を、その本の印象とは違うように明るく言った。

「ないわけないでしょ」

僕が困ったように言うと

「君からの名前が欲しいの」

そう言って、僕の腕を掴み、ゆらゆらと揺らした。

チリン、チリンと、風鈴のような鈴の音が鳴る。

「鈴...?」

僕がそれをみて言うと、

「"すず"ね!それが私の名前ね!」

彼女の手首についていた鈴のことを言ったのに、どうやらそう名付けたと勘違いされたらしい。

「え、それでいいの?ほんとの名前は...」

「気に入った!今日から私はすずね。よろしく、大志くん」

差し出された手を反射的に握ってしまった。

「珍しい」

ふと、声が漏れた。"すず"さんが僕を覗き込む。

「僕の名前、入館カードで見たんだよね。たいていの人が"たいし"じゃなくて

"だいし"って読むんだ」

彼女はきょとんと僕を覗き込んだ。

「本当に覚えてないんだね。朝言ったじゃん。『先日、助けていただいた猫です』って。

君は私の頭を撫でて優しい声で『大志だよ』って自己紹介してくれたじゃんか」

僕は頭を振り絞って考えたが、全く覚えがない。

猫が人間になることなんて、本や映画の中でしか見たことがない。

「あ、虹だ!」

さっきまで絵本に夢中だった子どもたちが一斉に窓の方に集まった。

図書館の中庭で事務員の人が木々に水やりをしていた。

それと太陽の反射で小さな虹ができていた。

太陽の光を反射して輝く水しぶき。小さな虹。真っ黒いワンピース。

響く鈴の音。窓から反射する照り返しに、目の前が一瞬真っ白になった。

その時、記憶の彼方から黒い小さな子猫のが蘇った。

小さく細い手足が濡れていて、震えていた。

僕はその小さな子猫を抱きかかえて歩いていた。

小雨は止まず、靴の中がぐしょぐしょになっていた。

頭をなでながらしきりに「大丈夫だよ」と声をかけていた気がする。

その時、名前を言ったかもしれない。

その黒猫を拾った時も春だったが、雨に濡れると寒く感じた。

黒猫を温めようとしゃがんだとき、曇った空から光がさして虹を見た。

あの時の景色、空気感が偶然一致して、僕の記憶を微かに呼び起こした。

「大志くん?」

ぼうっとした僕を覗き込む彼女。

僕が自身が忘れていたくらいだから、猫を拾ってさまよったことはきっと誰にも話していない。

となると、本当にこの子はあの時の猫なのか。

「すず、さん」

ぎこちなく呼ぶと、

「飼い猫に"さん"は付けないでしょう?すずって呼んで」

ええ、と思わず声が出た。

普段からあまり女子としゃべらない僕はとても抵抗があった。

「早く」

少し頬を膨らませる。

「す…ず」

どういう表情をしていいかわからず、照れ隠しに頭をかく。

彼女は満足そうにこちらを見ている。

「君はほんとにあの時の猫なの?」

「そうだよ」

当たり前のように返す。

その当然かのような返事に、僕は「猫は魚が好きなの?」と言い間違えたのかと思った。

「じゃあ、帰ろう」

「え?」

「大志くんの家」

「え!?」

思わず大きな声が出る。司書さんが目で僕を注意する。

「大志くんうるさいよ。ここ図書館だよ。静かに」

そう言って、人差し指を僕の唇に当てた。

家に来ることは納得していないが、話すには適していない場所なのでは確かなので、中庭に出ることにした。

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