2018-01-01から1年間の記事一覧
丘の上の海が見える"タカイトコロ"。 一番見晴らしがいい場所にそれはあった。 2月半ばの空気はよく冷えていて、息を吐くと白くなった。 凛とした空気はいつも感じている空気よりずっときれいに感じた。 景色とは雰囲気が合わない真っ黒な格好のふたりが、お…
『すずへ 最後の手紙は特別だと思うんだ。 だから、本当に最後に書いたわけじゃないけど、最後はこの手紙にしてほしいと、頼んでおきました。 つまり、これは最後の手紙です』 私と架純が持ち出したのはお母さんが結婚式の時に使ったウェディングドレスだっ…
真っ白な手紙が届いてから7年経った。 7年間、今まで通り手紙が途絶えることはなかった。 同封されている写真を集めたノートは10冊を超えた。 大志くんが録った写真と同じ場所に行って写真を撮る。 それが私の唯一の趣味だった。 そのためにお金を貯め、その…
それから数日後、いつも通り大志くんからの手紙が届いた。 引っ越してからは母が転送してくれていた。 消印も変わりなく、あのおじいちゃんの店からのものだろう。 でもいつもと違うことがあった。 封筒が青と赤のストライプではなく真っ白だった。 開けてみ…
『音が喜ぶことを、考えてしまう癖。もう、やめなよ』異業種交流会の日に愛莉から言われた言葉が、頭から離れない。真っ直ぐな彼女の双眸の奥に映った、狼狽えた自分自身の顔も。何度も耳の奥で響いて、脳裏に浮かんで、その度にどうしようもなさに胸が苦し…
最後の方は震えながら、泣きながら架純に話していた。 架純は私に寄り添い、抱きしめくれた。 外はもう明るくなっていて 白んだ空がカーテンの隙間から見える。 大志くんを探しに行った日と同じ色をしていた。 架純は何も言わなかった。 ただ、涙を流してい…
暖かい色の電球が優しく部屋を照らす。 「傷つけてしまうことになると思う」 少しかすれたおじいちゃんの声だけが聞こえた。 そう言っておじいちゃんは話し始めた。 大志は大学1年生の時にここに訪れた。 周りの学生から聞いたらしい。 変わった郵便局がある…
「すず、そろそろ起きないか」 そう、優しく揺り動かされて目が覚めた。 おじいちゃんがベッドの傍に座っている。 「美味しい朝ごはんがあるぞ。とは言っても時間はもうお昼に近いが」 ベッドから起き上がって壁掛けの時計を見ると12時を回っていた。 昨日、…
初めての場所でましてや国も違うのに、無事にホテルに着けるわけなかった。 ビクトリア大学の近くのホテルを取ったはずなのに場所が全然わからない。 キャリーケースを引く手が痛くなってきた。 街の明かりもだんだんと消え、賑やかなのはBARのような少し風…
日本を発って約11時間やっとカナダに着いた。カナダは日本より1ヶ月季節が早いように感じる、とネットに書いてあった通り、肌寒いというより、凜とした冬の空気だ。 ビクトリア大学には生徒に扮して入るつもりだったため、大きなキャリーケースは怪しまれる…
朝日が昇る前、自然に目が覚めた。 部屋の机は昨日架純との宅呑みの空き缶やお菓子が置いたままだ。 ふたりとも、そのまま眠ってしまったらしい。 出発まではまだ時間がある。 私は空き缶をすすぎ、ごみを片付けた。 架純は一度寝返りをうっただけで気持ちよ…
朝、目覚めると泣いていた。 また、大志くんの夢を見ていた気がする。 私はカーテンを開けて陽を浴びる。 薬指にはめられた指輪とダイヤが陽に反射して眩しい。 この指輪をはめてもらってもう、4年経つ。 「おはよう、大志くん」 私は写真の大志くんに指輪を…
10月も半ばになると、随分と風も冷たく感じられるようになった。「天馬、来週の土曜日は1日空けておきなさい」普段忙しく、一緒に食事をとることなどほとんどない父が、珍しく早く帰ってきたので、久しぶりの家族揃っての夕飯だった。「何かあるんですか?」…
私と大志くんの『それから』。無事に産まれてくれた、私たちの赤ちゃんは親バカだけれど世界一可愛い女の子で、静希(しずき)と大志くんが名付けた。名前の意味は、大志くんの『し』と、私すずの『ず』と、誰かが『望』んだ時それが希望に変わるようにと、『…
よく晴れた22歳の8月14日。私と大志くんは結婚式を挙げた。夏空はには雲ひとつなく、自分勝手だけれどみんながお祝いしてくれている気持ちになった。控え室でウエディングドレスを着て、鏡の前で座って待つ私の周りでは式場のスタッフが慌ただしくもテキパキ…
待ちに待った2月14日。私はこの日のために買った服とネイルを見ながら何度も何度も姿見の前に立った。高校の入学式の日を思い出した。あの日も制服が可愛くて、何度も何度もこの姿の前でポーズなんかとっていたっけ?あれからもう、4年も経つのか…。 あの頃…
お疲れ様です、と周りから掛けられる声に返事をして、天馬は桃乃園コレクションのモデル控え室を出ようとした。 「馳さん、お疲れ様です」 扉の目の前で副会長の近衛が待っていた。 「近衛、お疲れ様」 いつものように天馬は微笑んだが、近衛は表情を固くし…
楽しい時間は早く過ぎていく。かの有名なアインシュタインもそう感じでそれを証明しようとしたけれど、彼でさえできなかった。みんな感じているはずなのにそれを形にすることは難しい。それはまるで気持ちのようだ。先輩を送り出す時、笑顔でいようと決めた…
私たちは会えなくなってしまう4年分を先に埋めてしまうように、たくさんデートした。兄に買ってもらった洋服は大活躍だ。今日も中川先輩とデートだ。映画を観に行く。待ち合わせ場所で待っている時間も幸せだった。 ノースリーブの水色のワンピースを着て待…
まだ30分前だというのに、校内放送があった後だからか、体育館にはすでに多くの人が集まっていた。 前の方の席は、明らかに女子生徒の割合の方が多い。恐らく、生徒会長目当てだろう。 「桃乃園ニュース部」と書かれたタスキを付けた生徒たちが、体育館の前…
10月1周目の土曜日。 今日は、桃乃園学院の学園祭だ。 学園祭と体育大会は兼ねられており、4日間あるところ、土日が学園祭のメインである。 学園祭は出店や出し物が多く、学院以外の人が来ても楽しめる内容になっており、体育大会はクラス対抗や縦割り対抗で…
マネージャーをしているとあっという間に夏休みは過ぎていった。当たり前だが姉と選んだ服はまだ一度も活躍していない。宿題ののことが完全に頭から抜けていた私は、夏休みの終わる一週間前架純に泣きつくと珍しく彼女もため込んでいた。それからは毎日私の…
夏季大会後の言葉通り、引退後も先輩は時々練習しに部活にやってきた。私は気まずくて、今までどう接していたか分からなくて視線や受け答えがどこかぎこちなくなっていた。心なしか先輩の顔はさみしそうに見えた。 多分、勘違いだと思うけど。夏季大会が終わ…
奇跡の一回戦突破した次の日に去年優勝した強豪校との試合を控えていた。私は応援しなければいけないという気持ちと中川先輩の留学のショックで感情がぐちゃぐちゃになってしまっていた。架純に何度も何かあったのか聞かれたが部員からも留学の話は聞いたこ…
夏季大会が始まった。始まる前の円陣を部員がを組み始めるのを横目に飲み物やタオルの準備をしてると吉田先生が「何やってんの!早く!」と、円陣から大声で呼んできた。私と架純は顔を見合わせて笑い、円陣に加わった。「できることは全部やった!3年生は最…
聞き覚えのある、高い声。 振り返ると、正直あんまり会いたくはない人だった。 「君は…」 かつて、目の前のこの店に天馬を呼び出した張本人。 天馬と音を冷蔵庫に閉じ込めた少女だ。 「こんなところで、何してるの?」 「たまたま通りかかっただけだ」 たま…
夏休みも中盤に差し掛かってきた。相変わらずマネージャーに専念している。ルールや部員のこと、けがの時の対処法などをまとめたノートは明らかに宿題より進みが早かった。架純と共有し、一番いいものを作ろうと意気込んでいた。 最近兄の蒼も帰省してきて家…
夏休みに入り、宿題なんか忘れてマネージャーに集中した。架純も同じだった。あの後すぐに架純の話を聞いて私の話もした。銀のちょうちょのストラップは架純が好きな福士くんからもらったらしい。福士くんが自分の最寄り駅から降りようとしたとき座っていた…
優しかった日差しは痛さを感じるほど強くなりテストを終え、あとは夏休みを待つだけになった。姉のおかげで初めてのテストの出来栄えはよく架純に、「中学の時赤点で泣いてたすずはどこに消えたの」と驚かれた。中学の時はは姉に教えてもらってなかったから…
私にとっての初めての夏は先輩にとっての最後の夏なんだ。 中川先輩が言った「違うから」の続きが聞きたい。 あれからあんな特別な会話を交わすことなく梅雨は明け、汗ばむ初夏になっていた。夏休みは目前だ。テスト1週間前になると全ての部活が時間短縮か部…