yumeshosetsuol’s blog

ただのOLの趣味です。今は2つの別の話を同時進行で更新しています。カテゴリーに分けると読みやすいです。

第14話

奇跡の一回戦突破した次の日に
去年優勝した強豪校との試合を控えていた。
私は応援しなければいけないという気持ちと
中川先輩の留学のショックで感情がぐちゃぐちゃになってしまっていた。
架純に何度も何かあったのか聞かれたが
部員からも留学の話は聞いたことがない事がないから
きっとあまり話したくないのだろうと察して誰にも言わなかった。

姉のアリスに相談しようかと思ったが、聞いた後頭に血が上り
中川先輩の姉、翔子先輩の彼氏である私の兄に「あれ聞いてこい」「これ聞いてこい」
と、責めるのが怖くて言えなかった。
練習でばてている部員を見ながら顧問の吉田先生が
「こんなもんでばててたら明日の試合苦戦するよ。
明日の天気は大雨の予想だからね」
ただでさえ強豪校なのに、と吉田先生がぽつりと言った。
その声は私が今まで聞いた中で一番弱い声だった。
「まぁ、でも明日に備えて今日はここまで」
吉田先生が手を叩いて帰るように促す。
部員がすぐに部室に着替えに向かいだした。
私と架純も練習後の用具の片づけと水筒洗いとユニフォームの洗濯を始めようとした。
片づけようと私が用具に手を伸ばすと中川先輩が
「ごめん、広瀬、それちょっと待ってくれる?」
と、真剣な目つきでこちらを見つめた。

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私は「じゃあ、別の跡付けから始めるね」
と、できるだけいつも通りを装った。
中川先輩は「安堂」とだけ声をかけた。
安堂くんは振り返り、中川先輩と目を合わせて頷いた。
私が水筒を洗ってグランドに戻って来ると、ふたりだけで練習をしていた。
ボールを追いかけるときの先輩の目、
うまくいかなかったとき悔しそうにしかめる顔、
ユニフォームで汗を拭う仕草も、全てが好きでたまらない。
留学と聞いても心は言うことを聞いてくれないのだ。
架純が「ユニフォームの洗濯終わったよ」と、声をかけてきたが
私はなんの脈絡もなく
「やっぱり好きだよ」
と、言ってしまった。

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架純は
「いいんじゃない?好きなだけすきでいたら」
そう言って私の肩に手を添えた。
話したくない気持ちを察してくれたのだろう。
目の前で練習する先輩の姿をもう簡単に見られなくなるとういう悲しさと、
架純の優しさに私は鼻の奥がツンとしてまた涙をこぼしそうになった。

 

 

二回戦の日の雨は天気予報通りの土砂降りで、
ずっとシャワーを浴びているようだった。
サッカーは多少の雨では中止にならない。
コンディション最悪の中試合が開始した。
やはり、前回優勝した学校は桁が違っていた。
接戦にもならない。終始、押されてそれを防ぐことに必死で
こちらから仕掛けることはできない。
中川先輩も苦しそうにしていた。
試合結果は0-5。あっけない終わり方だった。
これで先輩にとって最後の夏は幕を下ろした。
私にとって最初の夏は見事なまでの土砂降りだった。

夏季大会が終わり、3年生の練習最後の日、
キャプテンは異例の1年生から選出されて安堂になった。
初めは架純が目的で入部した安堂だったが、
架純にかっこいいところを見せたいがためにした努力と身体能力の高さと先輩からも可愛がられる人柄で満場一致で決まった。
もちろんキャプテンの中川先輩の推薦もあった。
最後、3年生から一言ずつ後輩に向けてのエールや激励で
後輩や先生、私たちマネージャーも号泣した。
「最後、キャプテン中川大志!」
吉田先生が鼻を大きな音でかむ。少しだけ笑いが起きる。
「元、キャプテン中川大志です。
僕は小さい時からサッカーが大好きで小学校のクラブ活動も
中学校の部活もなんの疑問も持たずにサッカー部に入り
サッカーに没頭してきました。
朝は1時間早く起きて毎日体力づくりのランニング、帰ってからも同じコースでランニング、
吉田先生が教えてくれた筋トレをして明日の部活に備える。
そんなサッカー中心の生活を見ていた、みなさんよくご存じの姉、翔子は
『その熱量が少しでも勉強に向けば…!』と冗談交じりに言ってくるので
目標を立てて勉強することも始めました。
そんな地味だけど長く続けた努力をきっと幸運の神様は見ていてくれたのかな。
このメンバーに出会えました。
それは僕にとって人生で一番嬉しいことでした。
自分が熱くなるあまり厳しい言葉をかけてしまったこともあったと思います。
それでも、なんのとりえのないサッカー馬鹿なだけの僕にみんなは着いてきてくれました。
僕のことを見守り、時には厳しい言葉で叱ってくれた吉田先生。
長い間サッカーをしていましたが、先生から聞くアドバイスや考え方は
新鮮なものばかりで練習がもっと楽しくなりました。
先生との出会いに心から感謝します。
そして、他の部と違い、厳しすぎるマネージャーをなんの文句も言わずに
仕事をこなしてくれて、それだけでなく
細かい気付きまで書き留めたノートまで作って、ふたりでいつも協力して
縁の下の力持ちとして支えてくれた広瀬、有村。
本当にありがとう。ふたりのおかげで練習がとても円滑に進み練習に集中できました。
部員の体調管理、いつも洗いたてのタオルと冷えたお茶、用具運びも女の子にしては重かったと思う。
本当にありがとう。
負け惜しみではなく、このメンバーでできた最後の試合は
僕にとって最高の思い出です。
そして、さっき言っていた目標を立てた勉強も功を奏し僕は」
先輩が一瞬口をつぐんで息をのんだ。「留学することが決まりました」

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え!と部員が顔を上げる。
吉田先生と架純がが特に大きな声を出していた。
「でも、サッカーはやめません。留学先はサッカーにも力を入れているところです。
語学とサッカーを学ぶために留学を決めました。
だから、引退しても定期的に練習に混ぜてもらうと思うので
安堂キャプテン、よろしくお願いします」
号泣する安堂の方を涙をぬぐいながら見つめる中川先輩。
「当たり前じゃないですか!てか、毎日来てくださいよ~!」
そう言って立ち上がり中川先輩に泣きついた。
「やめろよ」
そういう先輩はさみしそうな、嬉しそうなどっちともとれる表情で泣いていた。みんな泣いていた。
私も前が滲んで見えないくらい泣いた。
人前で涙を見せることが苦手な架純は下を向いて泣いていた。
あぁ、夏が終わるんだ。

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そう思うとぎらぎらとした日差しも儚く見えた。
涙のせいで揺らぐ見慣れたはずのグランドもみんなの顔も
一生忘れない。
そう、思った。