yumeshosetsuol’s blog

ただのOLの趣味です。今は2つの別の話を同時進行で更新しています。カテゴリーに分けると読みやすいです。

第12話

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夏休みも中盤に差し掛かってきた。
相変わらずマネージャーに専念している。
ルールや部員のこと、けがの時の対処法などをまとめたノートは
明らかに宿題より進みが早かった。
架純と共有し、一番いいものを作ろうと意気込んでいた。

最近兄の蒼も帰省してきて家は賑やかになっていた。
母もお盆休みに入り、部活から帰ると必ず「おかえり」が3回聞こえた。
なんだか嬉しい。
兄は母にも父にも似ておらず、温和な性格だ。

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昔は一番に泣き虫で、母にそっくりな姉によく泣かされていた。「ただいま」
部活が終わり、帰るとお決まりの「おかえり」が聞こえた。
そんな一言にも個性のあるもので母と姉はほぼ同時に競うような大声で
兄はそれを追うように優しい低い声だった。

「暑かったー!疲れたー!」
そういって部屋の扇風機の首振りを自分に向けて固定して
その前に座った。

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「すず!汚れてるからまずお風呂入って!」
姉が怒ってくるが動く気になれないのでいつも言うことを聞かない。
「すずだいぶ焼けたね」
兄が笑いかけてきた。
「そうなの。マネージャーっていっても大変なの」
そういってカバンから架純と共有しているノートを出した。
今日は架純が書く順番だったから私が持って帰り
明日、私が書いて架純に渡す。
最初はノートにしていたが、すぐに一冊が終わる上にくたくたになってしまうので
ルーズリーフに変えた。

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爽やかな青色の表紙には「マネージャー日誌」
という架純のかわいい文字と後からじわじわと増えていっている
ゆるい動物の絵が描いてある。
表紙をよく見ると次はライオンらしきものが増えていた。
今日のページを読んでいると兄が
「すごいね、細かいことまで」
と、褒めてくれた。兄はいつも些細なことでさえ褒めてくれる。
「それくらい勉強も熱心ならねぇ」
離れた方でお昼ご飯の支度をする母と姉のコンビがぐちぐち言ってくる。
本当にそっくりだ。そっくりすぎて仲がいいときは助かるのだか
意見が合わなかったときはどっちも譲らないので大変だ。
「そういえばすず、明日は夜ご飯はあんた好きなとこ行くよ」
母がお昼ご飯のそうめんを運びながら言ってきた。
「え?なんで?いいの?」
目を輝かせると母は笑顔で
「だって明日誕生日でしょ」
と、言ってきた。
忙しくて忘れていた。明日は誕生日だ。
うきうきする気持ちと同時に少し緊張した。
私の誕生日ということは明日、夏季大会の対戦相手が決まる。
お昼ご飯のそうめんを食べながら少し考えた。
初戦くらい弱いところと当たって勝てますよに!
「すず、何が欲しい?高校生だもんね。服とかアクセサリーとかなのかな」
兄が優しいまなざしで聞いてくる。
兄は毎年私にプレゼントを買ってくれる。
ほんと、父などいなくても充分に幸せだ。
「かわいい洋服がいいなぁ」
「うん、いいね。僕と行くと恥ずかしいだろうからアリスと行って、好きなの買っておいで。
アリスも、すずについて行ってもらうお礼に何か好きなの買ってきていいよ」
やったー!と、姉は両手を挙げた。

こういった気遣いまでできるのに兄は彼女がいないらしい。隠してるだけなのかな。
「私は今年も頑張るわよ」
姉はお箸をつかむように握るとそれをぐるぐると混ぜる様にして見せてきた。
姉は料理が上手で特にお菓子作りが得意だ。
家族の誕生日で家に帰ってきているときはいつもケーキを作ってくれる。
これがまた、見た目もきれいでお店に出せるんじゃないかと思うほどに絶品なのだ。
嬉しくて顔がほころぶ。
「愛娘の誕生日だっていうのに、連絡ひとつよこさないのね」
母が何気なく言った。

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姉弟3人が目を合わせる。思っていることはきっと同じだ。
「いや、あんたがあの剣幕で追い出したからだよ!」
少し空気が悪くなったことを察してか母が
「あんなに早くに逝っちゃって。アリス、お父さんにお線香」
と、ゆでる前のおそうめんを渡した。
「いや、死んでないから」
思わず吹き出してしまった。
明日のことは十分心配だけど、なんだか大丈夫な気がしてきた。

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でも、そんな予感は大抵当たらない。
部室に張り出された紙を見て凍り付いた。
初戦から去年の準優勝の高校、そして勝てたとしても次は去年、おととしと
優勝している強豪校だった。
私は架純に渡すマネージャー日誌を強く握り締めた。

「広瀬」
急に後ろで声がした。中川先輩だ。
「あ!」
思わず両手でトーナメント表を隠した。
ノートや制汗剤、ストップウォッチなどが、ばさばさと音を立てて落ちる。
落ちたものと先輩を交互に見ながら、「でもこの手は離すまい」と、思った。
先輩がかがんでそれらを拾って私に差し出しながら
「知ってるよ」
と、微笑んだ。
私は「ですよね」と言いながらゆっくりトーナメント表から手を離して
先輩からノートを受け取った。

「分厚いんだね。見てはいたけどこんなにたくさん
書き込まれてるのは知らなかった」
恥ずかしくなって俯いた。
「架純とふたりぶんなので…」
「それでもすごいよ。いつも一生懸命、ありがとう」
その笑顔は反則だ。
先輩は自分のロッカーを開けてタオルと制汗剤を取り出した。
「対戦相手残念ですね」
私がそういうと先輩は部室のベンチに座り私を見上げた。
「なんで?」
「だって、いきなり去年準優勝の学校だなんて」
すると先輩は
「なんで?勝ったらいずれ当たる。ここに勝てないと優勝できない」
先輩は初めから優勝しか見ていなかった。

私は勝つ自信を無くしていたことを恥じた。
先輩にとっての最後の夏。私たちが信じてなくてどうする。

「このキャップ、交換して使い切ると願いが叶うらしいよ」
先輩がベンチから立ち上がって私の前に来た。

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「え?」
「広瀬、今日誕生日だろ?はい、これ。交換」
先輩の手にはいつも使っている制汗剤のキャップが握られていた。
先輩は急かすようにそれを握った手を伸ばしてきた。

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私は慌てて先輩と同じ制汗剤のキャップを外して手を伸ばした。
触れるか、触れないか…。
先輩の指が私の手のひらに少し触る。

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「じゃ」

そういうと先輩は背中を向けて部室を出て行った。
「願いが、叶う…」
私は手のひらにある青色のキャップを
引き寄せ、強く握りしめた。
私が願うことはただひとつだ。
『先輩との恋が叶いますように』
私はそれを強く想いながら
青色のキャップを締めた。
さっきまでなんの変哲もなかったその制汗剤がたったひとつの宝物になった。
「使い切らないと、だね」
先輩は何を願ったのだろう。
優勝すること?それとも他の事?
いっそなんだっていい。
私が今、幸せなように先輩にも幸せになってほしい。

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「なーに、にやついてるの?」
架純が部室に入ってきた。安堂くんも一緒だ。
「何でもないよ!はい!これ日誌!」
浮かれた心を隠すように力強くマネージャー日誌を架純に渡した。
「あれ?すずちゃんこれ誰と交換したの?」
安堂くんが意地悪そうに笑ってベンチに置いた制汗剤を指さしていた。
「ほんとだ、蓋の色が違う気がする」
架純が近づいて見る。
「これってさ、好きな人と交換して最後まで使い切ったら願いが叶うってやつでしょ」
安堂くんが言ったことにぎょっとしてしまった。
好きな人…?
「え、もしかしてすず…!」
あまりの動揺に全て顔に出てしまっていたようだ。
「いーな。架純ちゃんも俺と交換しようよ」
「嫌だ。絶対に嫌だ」

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架純は冷たい声で一蹴した。
「えー」
と、言いながら安堂くんはトーナメント表を見に行き、「最悪だ」と絶叫していた。
「ほんとうるさい」
架純が笑った。
「叶うといいね。ていうか、叶ってるじゃん!」先輩が知っていたのは安堂くんが言っていた事と同じなのかな。
だとしたら…。
胸が高鳴る。
「あ、安堂くん。聞きたいことがあるんだけど」
生気を失った目で「なに?」と訴えてくる。
「私たちの前にいた、卒業したマネージャーの人って
中川先輩にとって特別な人だったりする?」
今までたくさん助けてもらってきた。自分でも何か頑張らなくては、と声を振り絞った。
「特別…。まぁ特別だろうね」
いつも軽快にしゃべる安堂くんが口ごもる。
「え?なんであんたが知ってるの?」
「部内では有名なの」
安堂くんが気まずそうな顔をする。
崖から突き落とされた気分だ。
「どういう関係なの?」
架純が突っ込む。安堂くんは気まずそうに頭掻いた。
「なんで言わないの」
架純がいら立ちをあらわにした。
「いや、俺だったら言ってほしくないなって…」
「安堂、言ってくれたら私の制汗剤、蓋とは言わず全部あげる」
安堂くんの目の色が変わる。
「まぁ、だから、家族?みたいな…」
え?と架純が催促する。それでも言いづらそうにしている安堂くんの目の前に
架純は制汗剤をぷらぷら揺らした。
「あー!もう!姉ちゃんなの!前いたマネージャーは中川先輩のお姉さんの翔子さん!」

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意外過ぎる答えに私たちは唖然とした。
「だからあんなキツくても我慢できたんだと思うよ。
弟が心配だったんだろうね!」
安堂くんの中の何かが外れたようだ。
「なぁんだ。そうか。はい、これあげる」
制汗剤を受け取った安堂くんはそれを握りしめてお祭り騒ぎに部室を出て行った。
感情の起伏が激しい。
「ばかだね、あれは」
架純がさっきと同じように冷めた目で安堂くんが出て行った部室の出入り口を見た。
「いいの?架純、福士くんと交換しなくて」
「いいの。福士くんは運動部じゃないから持ってないし。
それより良かったね!すず!」
犬を撫でまわすかのように私の頭をくしゃくしゃと架純が撫でた。
先輩、これは、期待してしまってもいいですか?

そして後に情報を掴んできてくれた姉から知ることになるのだが
中川先輩の姉、中川翔子先輩はブラコンでサッカー部のマネージャーになったわけではなく、
さいころから姉弟でサッカーをしていたが、高校に女子のサッカー部がなく
今まで選手として培った知識を活かしたい、とマネージャーになったそうだ。どうしてこんな詳しいことまで知ることができたかというと
さらにさらに驚きの事実があって、なんと、翔子先輩は私たちの兄の彼女だそうだ。
世間は狭い。狭すぎる。
でもそれに気づき、ただでさえあまり話さない兄からここまで聞き出した姉には
驚きを通り越して若干の恐怖さえ感じた。
なんでも、大学生活の写真を見せてもらった時スクロールした一瞬見えた写真を見逃さなかったらしい。
これは彼女かと問い詰めると、今回の中川先輩のところまでたどり着いた、と姉は誇らしげに言っていた。
胸の中で静かにずっと重かった鉛はラムネになって甘く溶けた。
決めた。この夏季大会が終わったら告白する。
私はキャップだけ色の違う制汗剤を大切に、大切に、優しく抱きしめた。

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