第18話
楽しい時間は早く過ぎていく。
かの有名なアインシュタインもそう感じで
それを証明しようとしたけれど、彼でさえできなかった。
みんな感じているはずなのにそれを形にすることは難しい。
それはまるで気持ちのようだ。
先輩を送り出す時、笑顔でいようと決めたのに、
涙が止まらなくて無理矢理笑顔を作りながらハンカチがぐしょぐしょになるまで泣いた。
そんな私を先輩は抱きしめて
「ごめんね、すず。でも俺すずが居ないと頑張れないから、待っててほしい」と、耳元で囁いた。その声は震えていて、泣くのを必死に堪えているようだった。
先輩を乗せた飛行機が青く晴れた冬の空で輝く。
飛行機雲がこれからの私と先輩の歩んでいく全く違う道の境界線の様に見えた。
気持ちは同じなのに寂しい。
私は祈るように空を見上げ手を組み、白い息を吐いた。
太陽に反射した飛行機は姉と電車の中で見た一番星の様に綺麗だった。
先輩が居なくなっても当たり前のように時間は過ぎていき、
私は何かが欠けてしまった違和感を抱えながら生きていることは
時間を浪費しているように感じた。
何度も2人でいた時間に戻ってほしい願ったけれど時間は不可逆だ。
そんなことはできない。
私は先輩との思い出と、時々届く手紙と、
時差を気にしながらする電話で寂しさを紛らわすしかなかった。
でも先輩が大学の話をするときは活き活きしていて私は先輩が幸せならそれでいいか、と思った。
先輩も、私が寂しくならないようたくさん頑張っていてくれた。
それだけで温かくて嬉しかった。
でも、たった1分でいいから顔を見てあの手に触れたかった。
この4年間であった大きな出来事は、
架純は福士くんと付き合いだしたことだ。
今でも付き合いたてのようにみずみずしく、眩しい。
付き合う前からたくさんのことを乗り越えた2人はきっと幸せになると思っている。
先輩と離れて2年、18歳の時、兄と翔子先輩が結婚した。
結婚式では会えるかと期待したが、大切なテストがあるらしく
ビデオメッセージのみだった。
間柄上だけの兄妹になったねと後日電話で笑いあった。
高校3年生の時、進路を決めるときは姉や母と毎日のように話しあった。
私はマネージャーの時に経験した、人を支えることのやりがいを大切にしたいという気持ちから
看護師を目指すことにした。
あまり自分の意見を言わない私がしっかりとした目標を口にしたので、
母も姉も嬉しそうだった。
架純は昔から夢だったとい保育士になるようだ。
架純と私の家を行き来して勉強した。
姉が帰ってきているときはふたりとも姉に勉強を教えてもらった。
福士くんは姉と同じ誰に聞いても知っている有名な国立大学を目指していた。
そしてみんな第一希望に合格して晴れて大学生になった。
大学生になっても架純とはよく会い、大学の話、福士くんの話、先輩の話をした。
大学にも慣れた大学2年のの寒い1月。
私はいつものように大学からの帰り、ポストを覗いた。
そこには数通のダイレクトメールと
赤と青のストライプが入った、いかにも『海外から届きました』の便せんが入っていた。
宛先は私、送り主はもちろん先輩だ。
先輩は冗談で言っていたと思ったが、絵葉書以外はいつもこの便せんで届いた。
私はそれを優しく抱きしめて早足で家に帰った。
ダイレクトメールをリビングの机に置いて、部屋に入った。
はやる気持ちを抑えて丁寧にカッターで開けた。
手紙が数枚と写真が入っている。
先輩は、必ず手紙の時は写真、
絵葉書の時はその言った土地の写真が入ったものを送ってきてくれた。
今回はベンチと樹に雪が降り積もっていて、
そのベンチに小さな雪だるまが置いてある写真だった。
『すずへ
元気ですか?そちらはそろそろお正月を迎えますか?
こちらはクリスマスの延長であまりお正月という文化がないので
こたつと、お餅が懐かしいです。
写真は学校のベンチです。暖かいときはここでよくご飯を食べるけど、
カナダの冬は厳しいです。
でも、お気に入りの場所なので誰かに取られたくないから、
雪だるまくんを作って置いておきました。
春までは僕の場所を守ってもらおうと思っています。(笑)
海外にいることができるのは限られた時間だからと言って、
長期の休みも帰らず、いろんなものを観に行ったり、
勉強したり、いつも手紙で謝ってるけど、本当にごめん。
でも、今回はいいニュースがあります。
なんと、2月に卒業できることになりました!
ビクトリア大学は単位制で単位を取れば6月の卒業式までに帰ることができます。
すずに会いたい一心で必死に勉強しました。
もう、帰国日も決まっています。
2月14日です。
バレンタインデーだね。
最高のバレンタインになりそうです。
ちゃんと早く帰れるよう、最後まで気を抜かずに頑張ります。
すずに会えるのを楽しみにしてます。
寒いから、体に気をつけてね。
中川大志より』
読み終わったのに、状況が読み取れず、5回は読んだ。
遂に、遂に、待ちに待った帰国日が決まったのだ。
嬉しすぎてベッドで飛び跳ね、そのまま寝転んでぬいぐるみをぎゅーっと抱いた。
会える!もう来月には会える!
どうしよう、美容院に行こう、架純がしてたネイルも挑戦してみよう。
かわいい洋服も買いに行かないと。
この嬉しい気持ちを誰かと共有したくて私は架純に連絡した。説明しながらぼろぼろ泣いた。架純もつられて泣いていた。
これから冬が始まるのに、やっと冬が終わった気がした。