yumeshosetsuol’s blog

ただのOLの趣味です。今は2つの別の話を同時進行で更新しています。カテゴリーに分けると読みやすいです。

第11話

夏休みに入り、宿題なんか忘れてマネージャーに集中した。
架純も同じだった。
あの後すぐに架純の話を聞いて私の話もした。
銀のちょうちょのストラップは架純が好きな福士くんからもらったらしい。
福士くんが自分の最寄り駅から降りようとしたとき
座っていた架純にたまたまぶつかってしまい
携帯電話が落ちて福士君はそのまま金平糖のストラップを踏んで壊してしまった。

f:id:yumeshosetsuol:20180830082713j:image
でも、そのあとわざわざ新しいものを買って教室まで持ってきてくれたそうだ。
福士くんがそのストラップを持ってきてくれた時、
私はたまたま日直で先生に頼まれて集めたノートを一緒に運んでいた。
福士くんのことは同じクラスではないからあまり知らないが、時々見かけることはある。
いつも誰かが話すのを聞く役で、その聞いている笑顔から優しい人柄が滲み出ていた。
きっと架純のことを考えながらあれでもない、これでもないとたくさん迷ったのだろう。
そんな思いの詰まったストラップを渡す時も、きっと優しい福士くんは
「気に入らなかったら捨てて」なんて言うんだろうな。
そして架純は宝物のようにそれを握り、相手を気遣う言葉をかけて
「絶対に捨てたりしない」と、少し照れた顔で言うのだろう。

f:id:yumeshosetsuol:20180830082737j:image
「見たかった」と私は頬を膨らませた。
聞くときも話すときも互いに目を輝かせる。
ただ、マネージャーの先輩の話の時は架純の表情も曇り、
「私にできることならなんでもするからね」と、私の手を握ってくれた。
こんな真剣に、まるで自分のことかのように一生懸命になってくれる架純に感謝した。

 

8月に入ると試合も多くなり、本格的に最後の夏が始まった。
連日の酷暑でみんな休憩の時間さえ雑談できないほど疲れ切っていた。
私たちは部員の顔色を見ながら保冷剤や氷を配り、お茶を渡しながら体調を聞いた。
こういう時は冷静になれない。熱中症になってからでは遅いから、
客観的に見ることのできる私たちマネージャーがしっかりしなくてはと、責任を感じた。
「はい!休憩終わり!さっさとグランド戻る!」
顧問の吉田先生が手をたたく。ストップウォッチで休憩の時間を計るくらいきっちりしていた。
小さな声で「鬼だ」とつぶやくと架純が「鬼だね」と架純も言った。

f:id:yumeshosetsuol:20180830082949j:image
ノートに書かれた練習のメニューは細かく的確だ。
分刻みで入れられた練習メニューは全てに意味があった。
メニューの横には線で区切られた備考欄があり、そこにはその練習の意味、効果などが細かく書かれていた。
その日の練習を見た先生が弱点を見つけそれを克服させるためのトレーニングなどを調べ、
次の日のメニューに活かしていた。
そこからは吉田先生がサッカーに懸ける情熱とどの部員に対しても必ず選手としての期待をしていて
愛情が感じられた。だからみんな先生を信じてコツコツ練習している。
この高校が強い理由が全てつまっていた。
私たちマネージャーにも配慮があり、お茶や用具の準備などが間に合わないと怒られることもあるが
部員の体調管理はほとんど任せてくれていて、私たちが少しでも気になったことを言うと
それを信じてすぐその部員を休ませたり、古くなってきた用具を買い替えたりしてくれた。
お飾りではなく、マネージャーとして責任を持つことで、私たちも同じように戦っている気持ちになれた。
『鬼』だけど鬼は鬼でも優しい鬼なのだ。

部員が炎天下の中練習を始めてある程度雑用が片付いたところで
私たちもやっと座って休憩をとれた。
「暑いねぇ」
そういうと架純が先輩が持っていたものと同じ制汗剤を持ってきた。
同じものだが、色も香りも違う。
架純はピンクを選んでいた。
「暑いねぇ」
真似をするように返して私も同じだが色と香りの違う制汗剤を出した。
架純から女の子らしい甘い香りがする。
私はオレンジ色でせっけんの香りだ。
色も香りも気に入っているが、何より色違いだが先輩とおそろいなところが一番気に入っている。
これを見るたび先輩を思い出す。
「そういえば、先輩マネージャーのこと、お姉さんから聞けた?」
私はかぶりを振った。
「でも、お姉ちゃん近所の人気者だからきっとすぐ情報聞いてきてくれそう」
「たしかに、あんな美人なのに気さくだもんね。老若男女に好かれそう」
その通りだ。姉が歩いていると誰もが振り返る。
気遣いもできるからみんなに好かれている。本当に自慢の姉だ。
「福士くんとはどうなの?」
「んー。特にこれと言ってって感じかな。彼女いること知っちゃったんだけど
私の気持ちは関係ないみたい」
「彼女いるんだ!」思わず目を見開いた。まぁあれだけかっこよければあるのか…。
そう思うと私も不安になってきた。
「しかも年上で、雑誌のモデルしてるんだって」
「え!?」
驚きすぎて何も言えなかった。
あのちょうちょのストラップもその彼女と選んだものだったらしい。
なんと残酷なのだろう。
でも架純は受け入れているようで少し寂しそうだが笑っていた。
なんだか自分と重なり、やるせなくなった。
「お互い頑張ろうね」
私は架純を抱き寄せて頭を撫でた。
「すずが、珍しい。私みたいなことしてる」
架純はおかしそうに笑っていたが、私は少し声が震えていたことに気づいていた。
でも気づかないふりをした。
彼女は弱いところを見られることがとても苦手なことを私はよく知っている。
「あ!」
架純が急に何かを思い出したように急に顔を上げた。
「危ないよ架純。どうしたの?」
架純はにやりと笑い「まあまあ」と私をなだめるように言った。
「はい!休憩!みんな水分取って!」
みんながこちらに向かって歩いてくる。
私たちは急いで休憩の準備を始めた。
私たちは休憩が一番忙しい。
架純が「これ!中川先輩に!」と小声で先輩のタオルを渡してきた。
先輩が落としたものを拾ったらしい。
「ありがとう」
と小声で言うと架純はにこっと笑った。その顔に少しいつもと違う違和感がしたが
休憩時間は短いので先輩の方へ向かった。
「先輩!これ…」
「あ、ごめん。ありがとう」
そういって受けっとって微笑んでくれた。

f:id:yumeshosetsuol:20180830083050j:image
あの朝のことを思い出すと照れてしまい、顔が上げられない。
先輩がいつもの制汗剤を出す。先輩の匂いがした。
「すずー!ごめん!」
架純がこっちに走ってきた。
「すずがカバンにつけてたストラップ、踏んじゃった!」
架純が握った手のひらを開けると壊れたキャラクターもののストラップが入っていた。
「え、でもそれ…」
「本当にごめん!すず、今月の8月14日誕生日だよね!?」
必要以上に丁寧だ。それよりそのストラップは架純のもので、
今日電車に乗る時ぎりぎりになってしまい、ホームへの階段を勢いよく走っていると
残り2、3段で架純が派手にこけた時壊したのだ。
「そ、そうだけど…」
状況が読めずにとりあえず聞かれたことに返事をした。
「誕生日に買って返すね!ごめん!」
架純は走って去って行った。
なんだったんだ…。
「広瀬、今月誕生日なんだ」
「そ、そうなんです。こんな真夏でいつも暑いって思い出ばっかりで…」
「14日って夏季大会の対戦相手発表の日だ」
少ししゅんとなった。顔に出しちゃだめだ。私よりサッカーなんて当たり前じゃないか。
「覚えた」
え?と顔を上げると先輩は微笑みながら
「最後の大会の対戦相手が決まる大切な日だ。広瀬の誕生日きっと一生忘れられないだろうな」
と言った。

f:id:yumeshosetsuol:20180830083126j:image
一気に顔が熱くなる。先輩も少し頬が赤くなっているような気がしたが
気のせいだよね。きっと日焼けでほてってるだけだよね。
「休憩終わり!次のメニュー入って」
心臓が高鳴りすぎて吉田先生の声が遠くから聞こえるような気がした。
そして次のメニューという言葉で思い出してはっとした。
次のメニューは私たちマネージャーが用具を準備しておかなければならない練習だ。
慌ててグランドの方を見るとちょうど準備を終えた架純が私に気づいてピースサインをした。
架純の機転の良さと器用さと優しさは、姉によく似ている気がした。
そして笑った時とびきり可愛くなるところも。

f:id:yumeshosetsuol:20180830083157j:image