yumeshosetsuol’s blog

ただのOLの趣味です。今は2つの別の話を同時進行で更新しています。カテゴリーに分けると読みやすいです。

第17話

私たちは会えなくなってしまう4年分を先に埋めてしまうように、たくさんデートした。
兄に買ってもらった洋服は大活躍だ。
今日も中川先輩とデートだ。
映画を観に行く。
待ち合わせ場所で待っている時間も幸せだった。

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ノースリーブの水色のワンピースを着て
待っていると、「ごめん、遅くなった!」と、先輩が走ってきた。

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時計を見ると立った1分の遅刻だったが拗ねたふりをした。
ごめんごめん、と頭を撫でて顔を近づけてくる先輩。
そんなことをされたたら、ほらまた心臓がうるさい。
「…1分待ったから1分、手、つないで」

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そう言って手を差し出すと、先輩はその手を掴んで急に歩き出した。
慌てて着いていくと振り返ってこっちを見た。
「1分じゃ足りないよ」
そう言って微笑む先輩を見ていると幸せで仕方なかった。
映画館は少し肌寒く腕をこすって少し寒そうな仕草を見せると、
先輩が羽織っていた淡いピンクのリネンのシャツをかけてくれた。
「先輩、悪いです」
「二人の時は『先輩』も、敬語も禁止だよ。ふたつともやぶったから
俺ので悪いけどそれ着てて」
先輩の優しさに感動してしまう。
上着を借りる罪悪感はあっという間に消し去られた。


別の日は海に行った。

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9月でも残暑は酷いがシーズンが過ぎている海岸は誰もいなくて、
ふたりだけの島に来ているようだった。
先輩はふざけて私を波打ち際に押す。
「やめてよー!」
と言いつつ顔は笑ってしまう。

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パシャパシャと浅瀬の水を無邪気に笑いながらかけてくる。
私も応戦してふたりとも少し濡れてしまって、砂だらけの足を見て笑った。
ふたりでいる時の先輩は部活の時よりもっと優しくて、
少しいたずら好きで、かっこよくて、可愛らしくて、
私だけに見せてくれるその一面が愛おしくてたまらなかった。
笑い疲れて近くのカフェに入った。

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海の見えるテラス席に着くと、汗をかいたので制汗剤をぬった。
「その香り、すずの匂い。好きだな」
先輩が少し照れながら言う。
「香りだけ?」

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上目遣いで聞くと、私を少し引き寄せて、
「すずだけだだよ」
と、見つめられながら言った。

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あぁ、幸せだ。

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数か月前のわたしは想像できただろうか。
この風景は想像できたかもしれない。
でも、この気持ち。
言葉にできない温かくて優しくなれて、心強いのに
どこかふわふわして淡い色をした繊細な気持ち。
きっと先輩と過ごさないと一生体験することのない気持ちだ。
先輩じゃない人だったら違う色なのだろうか。
私はこの色がだいすきだ。だから他の色なんて一生要らない。
そう思った。

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秋めいてきたころ、文化祭が始まった。
私たちのクラスは劇が担当だったので文化祭の日は
演者と小道具の数名以外は自由だった。
私はもちろん先輩と店をまわった。
架純も、福士くんを誘ったところ、
福士くんはクラスの出し物の受付をすることになっていた。
だが、文化祭の当日架純はいきなりその受付にスカウトされた。
福士くんのクラスの出し物はお化け屋敷。王道過ぎてお客さんが少なく、
かわいい架純が受付をしたらお客さん来るのでは、とクラス委員が企んだようだ。
福士くんの私たちとまわりたかった架純は断ろうとしていたが、
受付は福士くんとふたりきりと聞いた途端態度が一変して、引き受けていた。
「すずも、あとでよかったら来てね」
と、笑顔で可愛らしい悪魔のコスプレに着替えてやる気満々の架純がチラシを渡してきた。
「うん、行く!よかったね、架純」
架純はピースサインをこちらに向けて小走りで受付の場所へ行った。
「架純、かわいい」
思わず言葉にすると、
「本当に、福士くんのことすきなんだね」
先輩は微笑ましそうに見ていた。
文化祭の数日前、両親の離婚問題でもめていた
福士くんの彼女で読者モデル是永麻由香さんを支えようと、
バイトを増やし夜は毎日麻由子さんに会いに行っていた福士くんは過労で倒れた。
そのときたまたま居合わせた架純は福士くんの意識が戻るまで傍を離れず看病した。
麻由子さんはモデルとして大切な時期で会食などがあり
駆けつけることができなかったようだ。
架純の看病のおかげかその日のうちに帰れるくらい福士くんは回復し
架純と一緒に帰った。
その時電車で隣に座った架純は福士くんがいるドキドキよりも、
一安心した方が強く寝てしまったらしい。

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福士くんも一緒に寝てしまい、
福士くんの最寄り駅からいくつか先の架純の最寄り駅まで行ってしまった。
架純曰く、自分が起きるころには福士くんは起きており、
「僕も寝ていた」と言うのはきっと優しさだった。と、申し訳なさそうに
でもどこか嬉しそうに言っていた。
架純の最寄り駅から自分の最寄り駅前まで行き過ぎた分を戻る時、
悪いと思った架純は「送るよ!」と、勢いをつけて階段を下った。
すると、階段で転びやすい架純は、
カバンに着けていたあの買ったばかりのストラップをこけて壊した時の様に、
派手に転びそうになった。
それを福士くんは抱き留めてくれたらしい。
「ごめん、すぐ離れるね」
と、言う架純を福士くんは強く抱きしめた。

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そして「ごめん」とだけ言ってちょうど来た電車に乗って帰って行ったらしい。
それ以来、少し気まずくてふたりきりで話していないらしく、
受付は絶好のチャンスだと思ったようだ。
「でも、よかったなぁ。架純」
歩きながらそう言うと事情の知らない先輩は不思議そうな顔をしていたが
深くは聞いてこなかった。
話したくなったら話してくれると、私のことを信頼してくれているのだ。
「ずっと思ってたんだけど、すずの浴衣すっごく似合ってる。かわいい」
先輩は少し照れながら言った。

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部活ばかりしていて、夏祭りに行けなかった私たちは
せっかくの文化祭だからとふたりとも浴衣で来たのだ。

私は色とりどりのアサガオが描いてある白い浴衣に赤い帯をしていた。

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「大志くんも似合ってるよ。かっこいい」
「こら、すず。学校では名前禁止」
耳元で囁いてきた。
「でも『先輩』、すずって呼んじゃってるよ」
敢えて先輩のところを強調して言った。
あ、と驚いた顔をする先輩は恥ずかしかったらしく、両手で顔を覆った。
「『先輩』!あっちに焼きとうもろこし売ってますよ!
私好きなんです。行きましょう!」
顔を覆っている手を無理矢理はがして手を繋いだ。

驚いた顔をする先輩。
いつも私を引っ張ってくれる先輩を、私が初めてリードした気がした。
なんだか少し嬉しかった。

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楽しい時間はあっという間に過ぎて、日も傾くオレンジ色になったグランドで
出し物や展示、ステージ発表の順位を決める閉会式が始まった。
生徒会が力を入れて作った黄色くて丸い大きなステージで、
オープニングアクトの軽音部の演奏が始まった。
今10代に人気の青春の歌が流れる。
「結局、架純たちと合流できなかったね」
架純は受付を終えた後連絡しても出なかった。
ふとグランドの外を見ると校門に続く道を福士くんがひとりで歩いていた。
その表情はとても悲しそうだった。
そして立ち止まって自分のクラスの教室の窓を見上げていた。
なんとなくだが、そこに架純がいるんだろうなと思った。
でも、連絡しても返事がないということはきっとひとりになりたいんだろう。
そう思って、あえて教室には近づかないでおこうと思った。
福士くんはしばらく教室を見上げると踵を返して再び歩き出した。
私たちは何も言わずにとてもとても悲しそうな背中をただ、見送った。
私と先輩はそのステージを囲うように集まる生徒たちから少し離れた
グランドの端っこの手洗い場に座った。
いつもここでユニフォームを洗ってるのに、
違う場所のように見えた。
私が座ろうとしたとき先輩が「汚れちゃいけないから」と、
薄い紫色で千日紅が描いてある和風のハンカチを敷いてくれた。
「こんなきれいなのもったいない」
「この浴衣買った時に付いてきたものだから気にしないで。
よかったら、あげるよ」
付いてきたものというのは、きっと嘘だ。
千日紅は私の誕生花だ。
自分の誕生石や誕生花を検索することが流行った時に私も知った。
渋い名前も派手に咲かない花も、素朴すぎて気に入ってなかったが、
その花言葉に私は惹かれた。
「色褪せぬ恋」
先輩が呟いた。
え?と、思わず顔を上げると先輩は微笑みながら言った。
「この花の花言葉。なんかいいよね」
私の誕生日だけでなく誕生花の言葉まで。
「もったいなくて使えないよ」
そう言って私はハンカチを綺麗にたたんで握りしめた。
「だめじゃん、すず、それじゃ座れないよ」
「いいの!これ大切にしたい」
私はそのまま手洗い場の端に座り、ふわっとハンカチを広げて夕日に透かせた。
『色褪せぬ恋』か。焦るどころか色を増す私の気持ちにぴったりだ。
風に揺れるハンカチの裾に人影がちらついた。
ふと見ると、校舎からさっきまで福士くんが歩いていたに向かってを架純が走っていた。
表情で分かる。福士くんを追いかけているのだ。
反射的に立ち上がり、グランドと道の境目のフェンスまで行って叫んだ。
「行けー!架純!走れー!」
どうか、私の言葉が架純の背中を押しますように。
そんな思いで架純が見えなくなるまで叫んだ。
先輩もつられて架純に叫んでいた。
軽音部の大きな音なんて関係ない。
架純、がんばれ。架純、幸せになって。
架純の姿が見えなくなると、なぜか涙が出た。
先輩はそんな私の頭を撫でながら、
「絶対大丈夫。すずの想い、俺の心まで届いてきたから」
と、言った。
ステージに集まった生徒が配られたしゃぼん玉を吹く。
様々な大きさをしたそれはふわふわと舞い上がる。
やがて夕日を反射してオレンジ色になりはじけ、
また新しく誰かが吹いたものが舞う。
まるで小さな夕日のようなそれに私と先輩は見入った。
時間が止まっている気がした。
隣に立つ先輩の手が軽く触れて一度離れ、そこから力強く握られた。
あと半年もしない間に、こんな風に簡単に触れられなくなる。
そうなってしまうなら、もうこのまま永遠に止まってしまえ。
そう思って先輩の手をいつもより少し強く握り返した。