yumeshosetsuol’s blog

ただのOLの趣味です。今は2つの別の話を同時進行で更新しています。カテゴリーに分けると読みやすいです。

第13話

夏季大会が始まった。
始まる前の円陣を部員がを組み始めるのを横目に飲み物やタオルの準備をしてると
吉田先生が
「何やってんの!早く!」
と、円陣から大声で呼んできた。
私と架純は顔を見合わせて笑い、円陣に加わった。
「できることは全部やった!3年生は最後の大会だ!
やり切れ!最後みんなで笑うぞ!次キャプテン!」
吉田先生が言うと部員が気合入れのために叫ぶ。
もちろん、私と架純も精いっぱいの声を出す。
「相手が強いなんて関係ない!俺たちのサッカーで勝つぞ!」

部員が雄たけびを上げて円陣を解散する。
架純と私は補欠の部員と一緒にベンチだ。
「円陣ってすごいね」
架純が笑いかけてきた。
「そうだね」
私も笑い返したが緊張で余裕がなく、ひきつってしまっていた。
試合開始の笛が鳴り、晴天の空に響き渡る。
長いくて短い1時間45分が始まった。
私は祈るようにコートを見つめる。
中川先輩は最初から攻めている。
その肩には「キャプテンであることの責任」と「今年で最後」
という重荷が乗っていた。
でもそれさえ原動力にするように先輩は真剣な目つきで
どんどん進んでいった。
コートの外から聞こえてくる蝉の鳴き声は歓声に聞こえた。
私も負けじと声を張る。
屋根のあるベンチでも照り返しは強く、体がじりじりと焼けるように暑い。
コートにだけ当たっている日光はまるでスポットライトだ。
始まりはは互いのチームをうかがうような試合で
中川先輩が攻めるも、相手チーム既にマークされており
なかなか進むこともできない。
前半戦が終わりそうになり、私と架純が休憩の準備を始めようと立ち上がった時
先輩がゴールを決めた。
わっと会場が湧いた。
近くにいる選手が中川先輩に飛びつく。
私は感動で涙が溢れた。
晴れた日も雨の日も、来る日も来る日も練習していた先輩。
前半戦終了を知らせるブザーが鳴り響く。
選手がベンチに走ってくる。
「もう、すずそんな泣いて大丈夫?」
架純が予備のタオルで私の顔をごしごしとこすった。
「大丈夫」
鼻をすすりながらクーラーボックスからお茶を出して選手に渡す。
タオルとお茶を先輩に私に行こうかと思うと
中川先輩がこちらに向かって小走りで来た。
「広瀬!」
そう言うと、片手を挙げた。
反射的に同じ方の手を挙げると笑顔で先輩がハイタッチしてきた。
心臓がきゅんとなる。
「また落としてるよ」
手を反射的に上げてしまった時に落としてしまったタオルとお茶を先輩が拾ってそのまま座った。
「あ!ごめんなさい!」
「いいよ。よかった。俺、広瀬にかっこいいところ、一回でいいから見せてみたかったんだよね」
そういうと無邪気に笑った。
あぁ、もう、先輩との恋が一生叶わなくてもいい。
この笑顔だけで私は幸せで胸がいっぱいだ。
「…じゃないです」
先輩が「ん?」と私を見上げる。
「今日だけじゃないです。先輩は、ずっとかっこいいです!」
ジャージの裾を握りしめて勇気を振り絞って言った。

f:id:yumeshosetsuol:20180904133941j:image
先輩はふっと笑うと
「ありがとう。これで後半戦も頑張れる気がする」
と言った。

f:id:yumeshosetsuol:20180904134016j:image
私はいっぱいいっぱいで顔が熱くて
その場から走って水飲み場まで行った。
「あんなの反則だよぅ」
私は顔をばしゃばしゃと洗った。

後半戦は苦戦したが、強豪校から先制点を取れたことで
チームの士気が上がり得点を死守して勝った。
私はまたぼろぼろ泣いていた。
人前では泣かない架純の目も涙がにじんで真っ赤だ。
部員と、先生と私たちマネージャーで抱き合って喜んだ。
相手チームが「初戦なのにあんな喜んでる。そんなに嬉しいかよ」
と、負け惜しみを言っていたがどうでもよかった。
「おめでとうー!大志ー!」
遠くで可愛い声がした。
「お!翔子!」
吉田先生がおいでと手招きした。
部員が「お久しぶりです」と、あいさつをする。
中川先輩のお姉さんはとても綺麗な人だった。
ビー玉のような大きな目とはちみつ色の瞳。
その大きな目をおさめるには不釣り合いな小さな顔
そして陶器のような肌。まるでお人形さんのようだ。

f:id:yumeshosetsuol:20180904134323j:image
「先輩!初めまして!私マネージャーの有村架純です」
架純が深々と頭を下げながらあいさつした。
私もつられてあいさつをする。
「あなたがすずちゃんね!聞いてた通りかわいい!」
そう言うと翔子先輩が私に抱き着いてきた。
ふんわりといい香りがした。
私は汗臭いから申し訳なくなった。
「広瀬が困ってるだろ」
先輩が無理やり引きはがした。
翔子先輩の嫌がる姿は猫のようだった。
「なによ、いいじゃん大志!すずちゃんのことは大志からいろいろ聞いててね、一生懸命で優しくて可愛いとか」
「やーめーろ」
そう言うと翔子先輩の背中を押して観覧席の方へ誘導して行った。

f:id:yumeshosetsuol:20180904134349j:image
「可愛いって言ってるんだね」
架純がにやにやと笑った。
恥ずかしくて思わず俯くと私の足元に可愛い腕時計が落ちていた。
直感で翔子先輩のものだと思った。
「ちょっとこれ、私届けてくる!」
そう言ってふたりの後を追いかけた。
だいぶ追いつき声をかけようとしたとき
「でもよかったね、留学前にゴール決められて」
そう翔子先輩が先輩に向かって言った。
え?留学?
「まぁね」
先輩が応える。
「カナダのビクトリア大学でしょ?
寂しくなるなぁ」
翔子先輩の時計がするりと私の手から落ちた。カシャンと軽い音がしてふたりが振り返る。
「ひろ…せ…」
先輩が驚いた目でこちらを見ている。
「あ、ごめんなさい、立ち聞きしちゃって。あ、時計も…」拾おうとする手が震えてうまくいかない。

f:id:yumeshosetsuol:20180904135010j:image

翔子先輩が走ってきて時計を拾う。
「ううん、落としてた私が悪い。あ、私、観覧席に荷物おいてるから戻らないと。時計、ありがとう。あと、ごめんね」
翔子先輩が気を使ってふたりにしてくれた。
「広瀬…」
先輩が悲しそうな目で私を見る。
「留学…するんですか…?」
絞り出すように言った。
しばらくした後先輩がゆっくり頷く。
「カナダって…、カナダって…
遠すぎます!」
そう言うと涙がこぼれた。
そしてその場を走って立ち去った。
さっきまでの浮き足立った気分が嘘のようだ。
「留学するなんて、知らなかった」
知ってたら好きにならなかった?
でもそんなの無理だ。
「無理だよ…」
心の中の言葉にならない悲しさが
突き刺さって痛くて痛くて涙が止まらなかった。
わたしの心とはうらはらに晴れ渡った空からの日差しが私をさし、ひりひりする。
真夏の生ぬるい風が私をはらんで通り過ぎていく。
でもそんなんじゃ涙は乾かなかった。