yumeshosetsuol’s blog

ただのOLの趣味です。今は2つの別の話を同時進行で更新しています。カテゴリーに分けると読みやすいです。

エピローグ(Bad End)

丘の上の海が見える"タカイトコロ"。

一番見晴らしがいい場所にそれはあった。

2月半ばの空気はよく冷えていて、息を吐くと白くなった。

凛とした空気はいつも感じている空気よりずっときれいに感じた。

景色とは雰囲気が合わない真っ黒な格好のふたりが、お墓にお花を添えて線香をあげていた。

私は翔子さんと大志くんのお墓参りに来た。

「すずちゃん、毎年ありがとうね」

大志くんの命日は必ず予定を空けて来ていた。

命日でない日も何かあるとここに報告しにくる。

とは言っても、お墓を真っ直ぐに見つめることができるようになったのは去年くらいからだった。

ただの石の塊だと言うのに、刻まれた彼の名前を目の前にすると、

まるでお守りの中身を見るように、罪悪感と焦燥感、そして虚無感がこみ上げてきて、

強くない私は直視することができなかった。

「好きで来てるだけなので」

私は翔子さんを見て微笑んだ。

翔子さんはお盆と命日に毎年来るけれど

お盆と命日以外来ていないとは思えないほど、いつも綺麗なお墓に私の存在を感じていたようだった。

私は、いつも、どれだけ忙しくてもお花が枯れることのないようにしていた。

「じゃあ、私はちょっと用事あるから、ふたりっきりでごゆっくり」

そう言って翔子さんは帰って行った。

それは軽薄なわけではない。

血の繋がった人の死を受け入れるのは簡単なことではない。

10年経った今でもここに立つ翔子さんの足は震えていた。

「寒いから」と、言い訳する目に溜まった涙が本当の理由でないことを物語っていた。

弟を支えるためにきついマネージャーもこなすほど溺愛していた。

大志くんから聞く翔子さんの話はいつも優しい話ばかりで、仲の良さがうかがえた。

 


彼の死は、誰も幸せにしなかった。

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「ねえ、大志くん。私たち結婚式挙げたんだよ」

そう言いながらお墓の前にしゃがんだ。

私はあの砂浜での結婚式の話した。

あの結婚式は、架純に全てを話した日にふたりで話し合って決めた。

手紙はいつか終わってしまう。

箱に入りきらほどの手紙だって時には勝てない。

その手紙が終わってしまった時、私はそれを受け止められる自信がなかった。

だから逆にその日を、幸せな日にしようと準備することにしたのだ。

「海、あの時となにも変わってなかったよ」

「ブーケトスはテトラポットの上からしたんだよ」

「あ、ブーケはね、11本のバラを入れてもらったの。

花言葉は『あなたは私の宝物。最愛』って意味なの。ぴったりでしょう?」

私はそう言いながらそっとお墓に触れた。

氷の様に冷たく、まるで冷えた陶器のようだ。

亡くなった人の肌は冷たい陶器に似ていると、どこかで聞いた。

肌に触れた人は陶器を触るとその感覚が蘇り、触れなくなってしまうらしい。

私も大志くんの遺志がなかったら、彼の最期の姿に触れ、咽び泣いただろう。

そしてきっとそれを思い出すものには一生触ることができない。

最期を見せないということはそういった心の傷を減らすことができるかもしれないが、

もう二度と会えないという実感がわかない。

今にも大志くんが現れて、

「何してるの?寒いでしょ。あったかいご飯でも食べに行こうよ」

と、笑顔を向けそうだ。

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でも、そんなこと夢以外一度もない。

それでも、現実として受け入れられない。

「私はずっとここに来るからね。ずっと一緒だよ」

そう言いながらお墓の前に大志くんの指輪を置いて、手を合わせて目を閉じた。

生まれ変わってでも見つけてくれると言った大志くんを、私は待つことに決めていた。

もし今が無理なら来世、私も大志くんを探すよ。

たとえどれだけの時間がかかってもいいから、いつか「初めまして」から始めよう。

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冷たくも柔らかい風が吹いた。

その時、

 

「すず、愛してるよ」

 

と、大志くんの声が聞こえた気がした。

やけにしっかりと聞こえたが、

想いが強すぎるのか、こんな幻聴はよくあったから気にしなかった。

私は合わせていた手を離して目を開けた。

すると、お墓の前に置いていたはずの指輪がなくなっていた。

さっきの風では弱すぎて飛んでいくとも思えなかったが周りを探してみた。

私がしょっちゅう掃除しているので隠れるところはない上、周りは砂利なので転がってどこかへ行ってしまうこともない。

「大志くん!」

声をあげて何度も叫んだ。

でもその声は虚しく響くばかりだった。

「指輪、取りに来てくれたの?」

声が震える。涙がとめどなく溢れる。

返事はない。

でも確かに声が聞こえた。

置いていたはずの指輪がなくなった。

 


『僕は必ず、すずを見守っているから』

 


最後の手紙の一文が私の頭の中で響く。

あぁ、本当に大志くんはいるんだね。

私をいつも見守ってくれているんだね。

ほんとは私が聞こえてないだけでたくさん話しかけてくれているのかな?

今まで幻聴だと思っていたのも、本当大志くんの声が聞こえていたのかもしれない。

答えなくて、ごめんね。

私は大志くんのいる方を向いた。

結婚式の時のように眩しく澄んだ空が見える。

届かないけど、見えるよ。

幻聴でも、本当に大志くんの声だとしても、これからすることはただひとつ。

ちゃんと答えるよ。

 


「大志くん、愛してる」

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