第25話(Bad End)
暖かい色の電球が優しく部屋を照らす。
「傷つけてしまうことになると思う」
少しかすれたおじいちゃんの声だけが聞こえた。
そう言っておじいちゃんは話し始めた。
大志は大学1年生の時にここに訪れた。
周りの学生から聞いたらしい。
変わった郵便局があると。
私たちはね、手紙を預かるのさ。
そして、指定された日に発送する。
そんな仕事なんだ。
例えば10年後の自分宛でもいい。
言葉のタイムカプセルみたいなものさ。
私の家系が代々この仕事を続けている。
戦争なんかが盛んだった時は特に依頼が多かった。
私たちは自分たちの命より手紙を優先して、送り主の希望通りに手紙を届け続けた。
その話を聞いて大志はとても感動したらしい。
自分にも愛する人がいると、すずのことを話してくれた。
その顔は幸せそうで、本当に愛しているんだということが伝わってきた。
年老いて久々に心がなんだか、とても温かくなった。
それくらいすずの事を話す大志は幸せそうだった。
そして、指輪を送りたいと相談を受けた。
私は昔から贔屓にしている、それもまた代々続いていて仲のいい友達の店を紹介した。
パンフレットが手元になくて、まさみさんに聞くと孫と結婚した時にもらったものが残ってると大志に見せた。
大志はとても気に入っていたが、学生にはなかなか厳しい値段だったらしく、
アルバイトをしないといけないと言っていた。
ちょうど若いアルバイトを探していたからこれもご縁だと、良かったらここで働かないかと、言うと大志は喜んで受けてくれた。
それから働いてもらって2年ほど経って、指輪を買うことができた。
それを眺めてどう渡そうかとずっと考えていたよ。
手慣れた作業も疎かになるくらいにね。
みんなもたくさん相談に乗った。
幸せを分けてもらっている気分だったよ。
でもそれが終わったのは大志が2年生の時の夏だった。
いつも通りアルバイトをしていた大志が急に倒れたんだ。
慌てて病院に連れて行った。
医者の顔と、「ご両親を呼べますか」という言葉で一過性のものではないことが分かった。
私は大志の大学に連絡して両親に連絡した。
両親はすぐに来た。
でも英語は得意ではないらしく、
特に病院の用語となると通常会話ができる人でも難しい。
そこで私が医者と両親の通訳になった。
でも、それはとても悲し言葉ばかりで、私は時に涙を流しながら言葉を訳した。
大志の病は日本よりもカナダの方が研究が進んでいる、ということで両親はこちらに住む事を決めた。
そして、大志のとてもつらい治療生活が始まった。
その頃から私の所に『お客様』として大志が手紙を託し始めた。
宛先は全てすずだった。
時に筆を取ることもつらい日があった。
でも必ず1日1通は私に送って来た。
それを送る日付の欄には『僕が死んだら』、と書かれていた。
私はそれを見て泣いたよ。
もし、自分が死んでしまってもそれでもすずの事を想いたいと言っていたあの笑顔が蘇って来た。
なんでこんなまっすぐな少年が、どうして。
いつもそんな気持ちだった。
でも、ちょうど普通に学校に通えていたら卒業する頃に、病状が落ち着いて一時的に退院が許されたんだ。
その時真っ先にすずに会いに行くと両親に言ったらしい。
渡せていないものがあるのだと。
そして、2年前君に会った次の日の朝、大志はもう目覚めなかった。
とても安らかな最期だったと聞いている。
朝、起こしに母親が行くと目覚めなかったらしい。
その寝顔はとても幸せそうで、揺り起こしたら今にも目覚めそうだったらしい。
でも、あんまりだと思った。
あんなに真っ直ぐで、優しくて心も美しい少年が、なんで、と。
でも大志の強い想いを届けなければならないと思った。
そして悲しみに暮れるよりも早くすずに手紙を送り始めた。
指定されていた、『死んでから1ヶ月後』の1通目を送り、それからすずへの月に1回の手紙をこの2年送り続けた。
でもまさか、消印ですすがここまでくると思っていなかった。
でも大志はもし、万が一すずがここに来たら真実を話してほしいと言っていた。
だから今、全てを話している。
重い溜め息をひとつつく。
すず、騙すような事をしてすまない。
でも、大志は本気で、本気ですずを愛していた。
それだけはわかってやってほしい。
2年経ったがまだまだたくさんあるんだ。
すず宛の手紙が。
私の店で一番大きな箱でも入りきらないんだ。
あれは全て大志の想いだ。
時計の針の音がやけに大きく聞こえた。
その音がやむことはない。
時間は止まることも戻ることも途切れることもない。
知っている。分かっている。
でも今だけ「嘘だ」と、言わせて。
「全部作り話ですよね?」と、必死に聞く私を許して。
まだどこかにいる、必ず会えなくたってどこかで笑ってる。
そう信じさせてよ、大志くん。