第22話(Bad End)
日本を発って約11時間やっとカナダに着いた。
カナダは日本より1ヶ月季節が早いように感じる、と
ネットに書いてあった通り、肌寒いというより、凜とした冬の空気だ。
ビクトリア大学には生徒に扮して入るつもりだったため、
大きなキャリーケースは怪しまれると思い、駅のコインロッカーに預けた。
事前に調べておいたルートで慣れない英語に苦戦しながらも
ビクトリア大学に無事着くことができた。
茜色の空は紺色になりもう日は暮れてしまっていた。正門から入ると、生徒がたくさん行き来していていて、活気があった。
みんな格好も人種も様々で、キャリーケースをひいている生徒もいた。
小さなことを気にしてこそこそとすることがなんだか小さいことの様に思えた。
大志くんも同じようなことを感じていたのかな。
敷地内は自然豊かでたくさんの生き物もいるらしい。
『運が良ければリスにも会えるよ』
大志くんの手紙に書かれていた一文が頭に浮かんだ。
日も暮れてしまっているため、今日は私がどうしてもすぐに行きたかった場所だけ行くことにした。
大志くんが雪だるまを置いて席を確保していたあのベンチだ。
ヒントはホットドックが売っている売店。
『雪だるまくんが守ってくれたベンチに行く手前の売店で、
長くホットドックを売っているかわいいおばあちゃんがいる。
僕はベンチに行くとき必ずそこでホットドックを買い、
おばあちゃんと少し話するのが恒例です』
ホットドックをほおばる写真を一緒に入れてくれていた。
拙い英語で生徒の人に話しかけて売店に着けた。
売店にはまだ灯りが点いていたのでホットドックを買うことにした。
「すみません」
思わず日本語でしゃべってしまった。
すると奥から眼鏡をかけたおばあちゃんがゆっくり歩いてきた。
やせていて腰も曲がっているが可愛らしい笑顔が印象的だ。
書いた方が通じるかと思い、紙に書いて注文した。
温かくて大きなホットドックが出てきた。
とてもいい匂いだ。
受けとってから、大志くんの写真を見せて知っているか尋ねた。
眼鏡を上にあげて眉間に皺を寄せ、写真を見る。
しばらくすると思い出した!と、目を見開いた。
『彼はいつもここでホットドックを買って、あっちのベンチに行くよ』
独特の間と私の英語力が低いこともあり、他にもいろいろ話してくれてたが、
聞き取ることができなかった。
ベンチの場所を教えてほしいと言うと。
にこにこ微笑みながら指で方向を指してくれた。
お礼を言うとそっちに向かって歩き出した。
確かにとってもかわいいおばあちゃんだから、大志くんと仲良くなるのも分かった。
温かいうちがおいしいと思い、歩きながらホットドックをほおばる。
よくよく考えたら機内食以外口にしていなかった。
大志くんが食べていたものと同じものを食べている喜びと、
空腹のせいか、今まで食べたホットドックの中で一番おいしいと感じた。
食べ終えたころにベンチに着いた。
写真と見比べてみると同じだった。
私も同じところでベンチの写真を撮った。
でもそこにもちろん雪だるまはなく、大志くんもいない。
雪が降り積もっていた枝は枯れた葉がぶら下がっている。
背もたれをなぞるように撫でて端っこにゆっくり腰かけた。
『お気に入りのベンチに座って書いた手紙もたくさんあるよ』
『このベンチに座って、目の前の木を眺めながら一息つくと、
とても落ち着くんだ』
送ってくれた手紙の言葉が、大志くんの声で朗読されたように頭の中で響く。
手紙に書かれていることは全て覚えている。
同じ景色を見ているからだろうか。
勝手に大志くんの声で再生されてしまう。
強く握った手のひらのダイヤに街灯の明かりが反射してきらりと光る。
こんな約束だけして、2年も会えないで、本当にずるい。
私はベンチにしゃがみこむように座り、指輪を心臓にぐっと近づけて目を閉じた。
騒がしい校舎近くから離れたここはとても静かだ。
しばらくすると音と風が凪いで、ふわっと暖かくなり周りが明るくなった。
目を開けると大志くんがいた。
「ごめん、すず。ちょっと遅れちゃった」
そういって2年前と変わらない笑顔をこちらに向ける。
「え?なんでここに?それより、なんでずっと会えなかったの?」
「ほんとにごめん」
大志くんが歩いてきて私の隣に座った。
「心配したんだよ。今月は手紙届かなかったらどうしようって。
私に手紙書いてくれるのは嬉しいけど、ちゃんと家族にも書いてあげて。
翔子さんすごく怒ってたよ」
言い終わるころには泣いていた。
大志くんは「ごめん」と悲しそうな顔で言う。
「カナダまで来てくれたんだね」
「そうだよ、遠かったよ。でも、大志くんが見てたものとか、感じてた空気とか、
たくさん自分で体験できてうれしかった」
涙が止まらなくて手でぬぐう。
「すず、笑って」
そう言って私の顔を手で包む。
無理矢理笑顔を作ってみせた。
「かわいい。世界一かわいい」
そう優しく微笑む顔が懐かしくて、たまらなくて、心がぐっと温かくなる。
「会いたかったよ」
そういうと大志くんは私の頭を撫でた。
「大丈夫。これからは会おうと思えばいつでも会えるから」
2年前の最後に会った日と同じことを言った。
なんだか、とても違和感を感じた。
大志くんが立ち上がり、私の前に立った。
「じゃあ、またね、すず」どういうことか理解できず立ち上がろうとすると、誰かに肩をぐっと掴まれた。
「待って大志くん!離して!」
そう言って振り返ると、警備員の格好をした人が驚いた顔でこちらを見る。
「え?なに?」
状況が読み込めない。
警備員が『もう遅いから家に帰って寝なさい』と言った。
寝る?今のは、夢?
見渡すと完全に日は沈み、月が出ていた。
とりあえず、生徒でないことと、怒ってしまった後ろめたさですぐにでその場を去った。
どうやら、眠ってしまっていたようだ。
でも、感覚が妙にリアルだった。
「またって、まだあれから一回も会ってないじゃん」
私は早足でキャリーケースを預けた駅に向かう。
時間を見るともう9時を回っていた。
私はキャリーケースを急いで取ってホテルまでの地図を見ながら、カナダの夜の街を走った。