yumeshosetsuol’s blog

ただのOLの趣味です。今は2つの別の話を同時進行で更新しています。カテゴリーに分けると読みやすいです。

第21話(Bad End)

朝日が昇る前、自然に目が覚めた。

部屋の机は昨日架純との宅呑みの空き缶やお菓子が置いたままだ。

ふたりとも、そのまま眠ってしまったらしい。

出発まではまだ時間がある。

私は空き缶をすすぎ、ごみを片付けた。

架純は一度寝返りをうっただけで気持ちよさそうに眠っていた。

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福士くんは毎日この寝顔を眺めているのかと思うと、なんだかとても穏やかな気持ちになった。

「幸せ者め」と、呟いて架純の頬を優しく撫でた。

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軽く朝食を済ませると、万が一の時のため作っていおいた合鍵を机の上に置いた。

その横に『行ってきます。戸締りよろしく』と書いたメモと、

さっき食べた朝ごはんと同じものを置いた。

 

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私は大きなスーツケースを持って歩き出した。

ひんやりとした朝の空気が私を包み込む。

空が白んできて太陽が昇り始めている。

私はその朝日に向かうように歩く。

電車とバスを乗り継いで空港に着いた。

空港にはたくさんの人がいた。

これから家族旅行か、スーツケースで遊ぶ子供とそれを見守る家族。

スーツを着てパソコンで作業をしながら待つサラリーマン。

卒業旅行か、仲のよさそうな若い女の子たち。

私くらいの年齢でひとりは珍しく、いても別れを惜しんで恋人の胸に顔をうずめて泣いていたり、

楽しそうにおしゃべりをしていた。

私は荷物を預け終え、予定通り搭乗した。

エコノミークラスだが、窓側を取ったので景色が楽しみだ。

席に着くと思っていたより狭くなかった。

隣はスーツを着た、いかにも『仕事ができそう』な女性で、

席に着くなりアイマスクと耳栓をして眠りだした。

架純はそろそろ目覚めただろうか。

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しばらく小さいジオラマのようになった街を眺めてから、

私は音楽を聴こうと手荷物のカバンを開けて探った。

すると、見覚えのない封筒が入っていた。

開けてみると1万円札と

『これでおいしいもの食べてね!あとお土産よろしく!架純とアリスより』

と、書かれた紙が入っていた。

どうやら昨日先に眠ったのは私らしく、その隙に架純が入れたのだろう。

「カナダで一万円札は使えないよ…」

そう呟くも、少し笑顔になった。

みんなが背中を押してくれているように感じた。

私はそれを大切にしまって、音楽を再生し、A5サイズのリングノートを取り出した。

表紙が茶色の厚紙で、中は罫線がなくスケッチブックみたいなノートだ。

そこには1ページに1枚ずつ何枚も写真を貼っていた。

全て大志君から送られてきたものだ。

大志君は一通の手紙ごとに必ず一枚写真を入れてくれていた。

写真で分厚くなったそのノートを1ページずつめくって写真を見る。

さっき窓から見ていた景色から一転して、世界がぐっと狭くなる。

大志君が見ていた世界だ。


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大志君の様子がおかしくなったのは2年前の留学が終わってからだった。

待ち合わせよりずっと早い時間に私の家の前に来て、

「婚約指輪の約束」の指輪をくれた日、

会えなかった日々を埋めるように、夜遅くまで一緒にいた。

そして日付が変わる前に家に帰った。

「これからは毎日でも会おうと思えば会えるから」

別れ際に大志君はそう言った。

私は笑顔で返事をして家に帰った。

「またね」

と、手を振ると

「また」

と、笑顔で返してくれた。

名残惜しかったが、家に帰った。

いつもならこんな時間まで遊んでいたら機嫌が悪くなる母も、

今日は笑顔で「おかえり」と言ってくれた。

でも、その「また」はなかった。

次の日、連絡がつかず、心配した私は

たまたま帰ってきていた兄を介して

翔子さんに連絡してもらった。

翔子さんからは「留学の延長が決まった」と伝えられた。

ビクトリア大学で行っていた日本語講師のボランティアが評価され、

インターンシップの誘いがきたらしい。

それから携帯もつながらずの状態で1ヶ月後に手紙が届いた。

そこにはビクトリア大学校内の写真が入っていた。

外の渡り廊下のを無数の生徒が行き来している写真だ。

手紙はシンプルだった。

「すずへ

たくさん謝らないといけないね。

まず、ずっと連絡できなくてごめん。

僕が今いるところは日本との電波が不安定でほとんどつながらないから

携帯代がもったいなくて解約してしまいました。

次に、いきなりまたカナダに行くことになってごめん。

でも、インターンシップの声がかかることなんてめったにないから、

せっかくのチャンス、がんばってみようと思います。

手紙だけでのやりとりになるけれど日本に帰る日が決まったら必ず連絡します。

本当にわがままでごめん。

でも、すずに指輪を渡すことができて本当に良かった。

こんな僕ですが、待っていてくれたら嬉しいです。

大志より」

最初読んだときはとても腹が立った。

こちらがどれだけ心配したと思っているのか。

でも、手紙が届いたことの安心感が勝って最後は泣いてしまった。

すぐに返事を送ろうと思ったが宛先は書いてあるものの、送り主のところには名前だけで住所が書いていなかった。

「肝心なところが抜けてるよ」

と、涙の隙間に呟く。

でも、音信不通よりはいいと思った。

翔子さんに連絡すると、

「家族には手紙さえないよ。ほんと、すずちゃんしか見えてないんだから」

と、怒ってしまった。

翔子さんをなだめながらもその特別を少し嬉しく感じてしまった。

それから手紙は1ヶ月に1通のペースで届いたが、相変わらず住所は書いていなかった。

届いた手紙に入っている写真を飾り、新しいものが届くと交換し、古いものは

リングノートに貼る。

いつの間にかそれが普通になっていった。

しかし、ある日、いつも通り届いた手紙を見て気づいた。

消印だ。

私は容易ではないことは分かっていたが、

卒業前の慌しい時期の合間を縫いながらその消印の場所を探した。

そこは意外なところだった。

大志君が通っていた学校のすぐそばだったのだ。

それならば、電話の電波の都合などそんなに変りないのにと思ったが、

私にひとつの目標ができた。

お金を貯めて、この消印を頼りに大志くんに会いに行くことだ。

私はそれから無駄遣いをやめて貯金した。

そして看護師になったが、決まった配属先は実家からかなり遠かった。

それでも定期代はでるからと頑張って通ったが、

慣れない仕事と、夜勤、昼勤、朝勤のシフト勤務が不規則で、それがたたり過労で倒れてしまった。

その理由で去年に泣く泣く貯金を崩して今の家に引っ越した。

その遅れを取り戻し、やっとお金が貯まった。

そして今、飛行機に乗って大志くんが通っていたビクトリア大学に向かっている。

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いつもビクトリア大学の近くで手紙を出しているなら

なにか手掛かりがあるかもしれない。

そして、大志くんが通っていた大学をこの目で見たい。

送られてくる写真と同じ場所へ行きたい。

たった2泊3日だが、やりつくそうと決めていた。

写真から目を離して、窓の外を見た。

雲よりも上に来ていてもう下は見えなかった。

天国があるのならこの近くなのか、それとももっと上なのか。

でも、この景色がきれいだからこの近くがいいなと思った。

外を眺めながら写真を手でなぞる。

そしていつもより神様に近い場所で、「大志くんと会えますように」と、目を伏せて静かに祈った。

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