yumeshosetsuol’s blog

ただのOLの趣味です。今は2つの別の話を同時進行で更新しています。カテゴリーに分けると読みやすいです。

7話

10月も半ばになると、随分と風も冷たく感じられるようになった。
「天馬、来週の土曜日は1日空けておきなさい」
普段忙しく、一緒に食事をとることなどほとんどない父が、珍しく早く帰ってきたので、久しぶりの家族揃っての夕飯だった。
「何かあるんですか?」
「異業種交流会、とでも言えばいいか。各業界トップの方々が集まる食事会がある。そろそろお前も、こういった会に顔を出して、色々な方面の人脈を広げていくべきだ」
「わかりました」
天馬の生徒会長としての働きは、義母の口から父へと伝えられている。
こうした公の場に顔を出すということは、つまり、周りには父の跡取り息子として紹介されることになる。
馳家の跡取りとして世間に出しても問題ないと、父は判断してくれたのだろうか。
まだ来週のことだとはいえ、気が引き締まる思いがした。

 

異業種交流会、当日。
「馳さん、お久しぶりです」
「馳社長、いつもお世話になってます」
「先日はどうも。今度また、うちとも協業の話を進めさせて下さい」
IT業界を牽引する「HASE LIVE」の社長の元には、たくさんのクライアントやアライアンス先の社長や上役といった人たちが挨拶に来た。
天馬は初めて参加する大きな交流会に、最初は緊張しながらも、何回か繰り返すうちに紹介されることにも慣れてきて、世間話程度であれば軽く交わせるようになった。


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「馳さん、先日はお世話になりました」
交流会も中盤を過ぎ、各テーブルごとに盛り上がりを見せる頃、一人の品の良い男性が話しかけてきた。綺麗に整えられた髪は白髪だが、穏やかな雰囲気と背筋を伸ばしてスーツを着こなす姿から、若々しさが伝わってくる紳士だ。
「真矢さん、こんにちは。こちらこそありがとうございます」
天馬の父・一馬は気さくな様子で挨拶に答え、互いに握手を交わしている。
「あぁ、真矢さん。紹介させて下さい、うちの息子です」
天馬は父に話を振られ、今日何度目かの挨拶をする。
「初めまして、馳天馬です」


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「初めまして。君のことは噂でよく聞くよ。桃乃園学院の生徒会長だろう。若いのに学校改革を頑張っているらしいね」
今日、何度かこうした話をされたが、どうやらこうした交流会では、業界トップの息子や娘の話題は重要らしい。
どこそこの息子が有名私立大学に入った、何とかという会社の跡取りがとある大会で優勝した、何某の娘は年頃で非常に気立てがいい、云々。
「桃乃園のことをご存知なんですね、光栄です」
「学校は違うが、娘が君と同い年でね。学校関係のことは結構知っているんだ。今日は娘も来ているから、後で挨拶させに来ますよ」
その後、二、三言やり取りをして、彼はまた別のテーブルに挨拶に行ってしまった。

 


数時間の交流会も、そろそろお開きという頃。
先程の真矢という紳士然とした男性が、娘を連れて挨拶に来た。

 


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「愛莉、こちらに来て、ご挨拶をなさい」
連れてこられた娘を見て、天馬は驚きで瞠目した。
すると、彼女の方もびっくりしているのか、ぽかんとした顔をしている。
「…馳、天馬」
彼女の思わずといった呟きを聞き止めて、父親たちも知り合いだったのかと驚いたようだった。
「あ、えっと、愛莉の友達の…」
「愛莉さんと共通の友人がいるんです」
音のことをなんて言えばいいのか、と言い淀む彼女の言葉を引き継いで説明すると、愛莉の父親は相好を崩して頷いた。
「そうかそうか。既に知り合いだったとは」
子供たちが知り合いならば、ということで、父親たちは父親たちで仕事の話を始めた。
「あんたも、こういう会に来たりするのね」
「いや、今日が初めてなんだ。君は、何度か来たことあるの?」
「2回目だけど、前は不動産に限られてたから、こんなに大きな会は初めて」
愛莉は不動産王の娘だ。
不動産王の真矢と言えば、業界を越えて有名だが、今まで愛莉の姓を気にしたことがなかったので、最初の挨拶の時に娘が愛莉のことだとは気づかなかった。
しかし、考えてみれば、業界トップが集まるということは、桃乃園や英徳の知り合いがいても何もおかしいことではないのだ。
「先に、外の空気を吸いに出ようか」
お偉いさんばかりが集まる交流会は気疲れする。
さすがに今日は学園祭の時のように疲れた、と言って不機嫌な様子ではないが、笑顔にあまり元気がないように思われた。
もうすぐ交流会も終わるだろうから、と双方の父親に断って先に会場を出た。
会場になっているホテルのロビーのソファに愛莉を座らせて、自動販売機で買ってきた飲み物を手渡す。
「ありがとう」
「いや、僕もさすがに疲れたよ」
会場は人の熱気で蒸し暑かったから、冷えた飲み物が美味しかった。
「ソファに座っちゃったらしばらく動けない」
愛莉はパーティ用のドレスとヒールだ。こういった交流会は大抵が動きやすさを重視して立食パーティーなので、女性は大変だと思う。
「学園祭の後、愛莉もお茶を取り寄せたの」
桃乃園学院の学園祭で天馬が出したお茶を、愛莉とめぐみは大層気に入っていた。
「あぁ、そうだ。今度、世界中の茶葉が集まる催し物があって、気に入ってくれたあのお茶の試飲会もやるらしい」
催し物の演出関係で「HASE LIVE」も協賛しており、天馬も父から優待チケットをもらっていた。
「え!行きたい!!」


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さっきまでの疲れ顔はどこへやら、愛莉はぱっと笑顔になった。
思わず笑ってしまった天馬は、財布から取り出したチケットを2枚、彼女へと渡す。
「2枚あるから、音と一緒に行ってくるといい。昔、音もあのお茶を気に入っていたから」
懐かしむように目を細める。
まだ、音の父親の業績が好調で、天馬の母も生きていた頃の話だ。
「もう、やめなよ」
「え?」
愛莉がじっと天馬の目を覗き込んできた。
「音が喜ぶことを、考えてしまう癖。もう、やめなよ」
彼女の大きく澄んだ目は、天馬の心をざわつかせた。
すぐに「それは違う」と否定できなかった。返す言葉を見つけられない。
愛莉の瞳の向こう側に、困った顔をしている天馬自身が写っていた。
「なんで、自分のために使わないの?あんたが好きなお茶じゃん。誘う相手は愛莉じゃなくてもいいけど、普通は1枚は自分で使うでしょ?」
確かに、愛莉の言う通りだった。
言われて初めて、気がついた。
「そう、だね。ごめん、無意識だった」
今まで音を喜ばせたくて、幸せにしたくて、それが自分の行動基準だった。まだ、その癖が残っている。
「じゃあ、一緒に行こうか」
その言葉に、愛莉は笑顔で頷いた。ころころとよく変わる彼女の表情が、とても眩しかった。


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