2話
学校の外に出ると、まだ日が明るかった。
最近は生徒会で遅くまで残っていたので、明るいうちに帰るのは本当に久しぶりだ。
家を出る時に今日も遅くなると言ってきたので、勿論迎えの車は来ていない。
今から連絡を入れれば、すぐに迎えに来てくれるだろうが、せっかく早く帰れたので少し歩くことに決めた。
行く宛は特に決めていない。
何となく気の向くまま歩いていく。
広大な敷地を有する桃乃園学院は、少し郊外に位置する。と言っても、20分ほど歩けば人通りも多くなり繁華街になるので、立地の良さも桃乃園学院が人気急上昇中の理由の一つだ。
天馬が生徒会長になり、学院の改革に着手したのは、ひとつは音のためだった。
いずれ天馬は父が築いたIT企業「HASE LIVE」の跡を継ぐことになる。
音と結婚して、会社を背負っていくためには、今できる範囲で己の力を最大限に発揮できる場所にいたいと思った。
すべては、音を守るために。
音に苦労をかけずに、なんの心配もなく、ただ笑って自分の傍にいてくれれば、それで良かった。
音のためなら、何だってできる気がしていた。
考え事に気を取られ歩みが止まった時に、前から歩いてきた人と肩がぶつかった。
「すみません」
「いえ、こちらこそ…」
互いに会釈して、去っていく女性2人組の話がなんとなしに耳に入る。
美味しかったと今出てきたお店を褒める言葉につられ、ふと顔を上げた。
都会の喧騒のど真ん中。
お洒落なお店が立ち並ぶ目抜き通り。
気がつけば、あの日音の友達から呼び出されたお店の前だった。何か仕組まれているのでは、と音を心配して駆けつけた。
「僕がそばにいてほしいのは世界にただ一人、音だけだから」
ぐっと手のひらを握り込む。
あの日の言葉に、偽りはなかった。
「音だけだった。僕のそばにいてくれたのは。母さんが死んだ日から今までずっと。ずっと心に音がいて、助けられてるんだ。だから、音のことは僕が守る。絶対にだ」
音を守ると、絶対に不安にさせないと誓った日。
自分から音を手放す日が来るなんて、思いもしなかった。
閉じ込められた冷蔵庫のスプリンクラーの誤作動でびしょ濡れになり、寒さに震えながら抱きしめた温もりは、未だに熱を持ち胸の中で燻っている。
火傷したところが膿んでしまったかのように、じわじわと鈍い痛みが広がり、時折思い出したかのように鋭く痛んだ。
「あれ…?あんた……」
後ろで小さな声がした。
「馳、天馬…?」
名前を呼ばれ、天馬は俯いていた顔を上げた。