プロローグ
空が、泣いている。
しとしとと雨の音が響く中、ベッドに横たわったまま、天馬はぼんやりと天井を眺めた。
秋雨のせいで部屋の中は薄暗く、時計を確認すると起きるにはまだ早い時間だった。
高校の夏休みが終わり二学期が始まった。秋は学校行事が続く。夏休み明けの9月は、文化祭や体育大会への準備に追われていた。色々と決めることも多く、生徒会は連日の会議が続き、体は疲れているはずだった。
疲れているはずなのに、眠れない。
理由はわかっている。
夢を、みたからだ。
幼い時の夢だ。
夢の中で、今は亡き母と幼い自分が笑っていた。笑顔で差し出した手の先には、同じく笑顔の幼なじみの少女がいた。
「天馬くん!」
音が無邪気に笑う。
青空の下、キラキラと輝いていた。
幼い自分たちは互いにぎゅっと手を握り、緑の芝生を駆ける。小さくて柔らかな彼女の手を、決して離すまいと思った。
彼女を守るのは、自分の役目だと思っていた。
幼い時から一緒に過ごした彼女は、これから先もずっと、自分の隣で笑ってくれるのだと信じていた。
腕で目元を覆い、天馬は小さく息を吐き出した。
いつまで引き摺っている。
音の手を離したのは自分だ。音が本当に幸せになれる場所に行けるように、自ら彼女との別れを選んだのだ。
陰鬱な雨音が、天馬の胸に重く響く。
気持ちが晴れないのは、空が晴れないからだろうか。
空が、泣いている。
音と別れてもう1ヶ月以上経つのに、未だに立ち直れずにいる不甲斐ない自分を、空が嘆いているのだろうか。
何故、自分では駄目だったのか。
何故、晴でなければいけなかったのか。
音を守りたいと、誰よりも強く願っていたはずだったのに。
普段は考えないようにしているが、気を抜けば、すぐにぐるぐると答えのない問いを繰り返してしまう。
「…いい加減……」
いつまでも未練がましい自分自身の思考に、嫌気がさす。
こんな状態ではもう眠れないのだからと、天馬は諦めて起き上がった。
早めに学校に行って、竹刀を振ろう。体を動かせば気も紛らわせる。
空が、泣いている。
天馬は、心にぽっかりと空いてしまった穴の埋め方を知らないでいた。