yumeshosetsuol’s blog

ただのOLの趣味です。今は2つの別の話を同時進行で更新しています。カテゴリーに分けると読みやすいです。

第28話(Bad End)

真っ白な手紙が届いてから7年経った。

7年間、今まで通り手紙が途絶えることはなかった。

同封されている写真を集めたノートは10冊を超えた。

大志くんが録った写真と同じ場所に行って写真を撮る。

それが私の唯一の趣味だった。

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そのためにお金を貯め、そのために働いていた。

看護師は私にとって天職で楽しくて続け、何人もの同期や後輩の寿退社を見送った。

優しさで良い人を紹介してあげると持ちかけてくれる人もいたが、

薬指の指輪を見せて「待ってるんです」と言っているうちに、みんな諦めてくれた。

母は、「やけになって結婚する方が良くない」と、自分の体験からか結婚しろだなんて言わなかった。

兄の家庭にこどもが生まれたこともあるだろう。

架純も福士くんと結婚してこどもも生まれ、

絵に描いたような幸せな家族になっていた。

それら全て、自分のことのように幸せに感じた。

 

急患が多くて夜勤明けでくたびれて帰ってきた日、

ポストを見るのさえ忘れていた。

そのまま眠ってお昼過ぎ、寝ぼけ眼でポストを見に行った。

赤と青のストライプの手紙と水色の封筒が届いた。

差出人のところをみるとあの郵便局のロゴが入っていた。

私は慌てて家に戻って両方を読んだ。

そしてそれを目の前にあったカバンに入れて上着を羽織って走った。

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大志くんが居なくなって季節をいくつ超えただろう。

今も夏と秋の境目で半袖では寒く、少し分厚い長袖では暑い時期だ。

外観の綺麗なマンションのチャイムを鳴らす。

「はい?あ、すず?どうぞ」

架純の声がした。

ここは架純と福士くんの住む家だ。

インターフォンの後ろで赤ちゃんの喃語が聞こえる。

私はオートロックが開くとすぐに入り、エレベーターのボタンを押す。

そわそわする。

福士家の家の前でインターフォンを鳴らす。

「すず、どうしたのー?ご飯食べてく?」

いつ訪ねても架純は嫌な顔ひとつせずむしろ歓迎してくれる。

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「きたよ」

「え?ほんとに?」

「きた」

私が真剣な顔で架純を見つめる。

架純は「とりあえず入って」と、私を玄関に招き入れ、福士くんがいるリビングに向かった。

そして「出かける」と、福士くんに告げる。

福士くんは少し驚いたようだが笑顔でこどもを膝に乗せ「いってらっしゃい」と、手を振らせた。

「すず、行くよ」

「うん」

そう言って私たちは学生の頃のように走った。

そして馴染みのある道に着く。

ここを通って毎日、高校に通った。

「ただいま!」

「おじゃまします!」

そう言って実家に唐突に上がりこんだ。

「おかえりー。あ!架純ちゃん久しぶり!」

今日は休みなのか、母が懐かしそうに架純を見つめる。

架純は母と少し話しているが、

私はそれを無視して部屋の奥のタンスから真っ白のそれを引っ張り出した。

「え、ちょっとすず、それどこもって行くの!?」

「借りるだけ!」

「いや、だからどうする気?」

「お母さん身長何cm?」

「160cm」

私と架純が母を上から下までじーっと見つめた。

「若い頃だからいけるね。今の体型で作ってたならぶかぶかだけど」

「なんの話よ!」

母が何が何だか分からず戸惑っている。

「じゃあ、ちょっと行ってくる」

「お邪魔しましたー!」

白色のそれはビニール袋に入っていて、ガサガサとうるさい。

「え!ちょっとふたりともどこいくの!?」

 


私と架純が動きを止め互いの目を見つめ合う。

そして微笑みながらふたりで母に返した。

 


『結婚式!』

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第27話(Bad End)

それから数日後、いつも通り大志くんからの手紙が届いた。

引っ越してからは母が転送してくれていた。

消印も変わりなく、あのおじいちゃんの店からのものだろう。

でもいつもと違うことがあった。

封筒が青と赤のストライプではなく真っ白だった。

開けてみると中の便箋も真っ白で、ただレポート用紙のように薄い罫線が入っているだけだった。

写真も入っていない。

 

『すずへ

誰から聞いてしまったか、自分で知ってしまったか、分からないけど

あの郵便局に訪ねて行ったんだね。

この手紙はその時の為に書いたものです。

すず、ずっと騙していてごめん。

でも、すずをどうしても手放したくなかったんだ。

すずが僕のことを「酷い人だ」って、「もっといい男がいるはずだ」って、思うまで僕が生きていると、すずに会いたいと思っていることを伝えてすずを繋ぎとめていたかったんだ。

僕の一生を懸けてでも伝えたいことがたくさんあったよ。

まだまだ時間は足りないし、なんて言ったってカナダに行ってからすずには全く会えていないからね。

このままなんて絶対嫌なんだ。

どうしても伝えたいことがある。

渡したいものがある。

それを僕から渡したい。

もし、僕が直接渡せなくて、

おじいちゃんからもらったり、僕の家族からもらったらすずはどんな顔をするのかな?

笑う?怒る?それとも泣いてしまう?

その顔を直接見たいよ。

もし、すずが少しでも僕に同情してくれるなら最後の1通が届くまで、すぐ捨てるんじゃなくて一度でいいから目を通して欲しい。

これが僕の人生なんだ。

なんの迷いもない僕の選んだ人生なんだ。

どうか、最後の1日まで僕を記憶の片隅にでも置いておいてください。

 


大志より』

 

 

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切なすぎて、体を切りつけられているように痛い。

手紙を読んでいる私でさえ苦しさに耐えられないのに、大志くんは一体どんな気持ちでこれを書いたのだろう。

この手紙を書いている大志くんに伝えたい。

『指輪、ちゃんと受け取ったよ』って。

『今でも大切にしてるよ』って。

『今でも信じて待ってるよ』って。

この人はずるい。

忘れるわけない。忘れられるわけないよ。

私、6年も待ったんだよ。

ただ、大志くんが好きなだけで私は幸せなんだ。

もう大志くんの歳さえ追い越してしまったのにまだ何一つ変わらずに愛してしまっている。

この気持ちが変わる気配なんてない。

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私は手紙を丁寧に折りたたんで、

大志くんの手紙が入っている箱にそっと入れた。

もうすぐいっぱいになる。

また新しい箱を買いに行かないといけない。

でも、この箱を買うことさえもいつかは終わってしまうのだ。

種明かしされた後のマジックのように虚しさが募る。

私はひとりで声をあげて泣いた。

愛する人の全てを知った時のように。

いくら待っても帰ってこない家族を想うように。

生きる意味を失った時のように。

8話

『音が喜ぶことを、考えてしまう癖。もう、やめなよ』
異業種交流会の日に愛莉から言われた言葉が、頭から離れない。真っ直ぐな彼女の双眸の奥に映った、狼狽えた自分自身の顔も。
何度も耳の奥で響いて、脳裏に浮かんで、その度にどうしようもなさに胸が苦しくなる。
もう音を喜ばせることも、幸せにすることもできないのに、気がつけば、いつの間にか音のことを考えていて、どうすればいいのかずっとわからないでいるのだ。
心配しなくても、音は天馬ではない別の男━━━神楽木の隣りで、幸せに笑っているはずなのに。


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音の幸せのために、天馬が最後にしてあげられることは、音に別れを告げることだった。
それは本心で望んだ結果ではなかったけれど、もうその選択そのものが「音が喜ぶこと」を優先した結果で、無意識にそれを選んでいたことが、愛莉の言葉を証明していた。
夏は過ぎ去ったのに、自ら告げた別れの言葉は今も天馬の中に残ったままだ。


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『もう終わりにしよう、音。僕が音のために出来ることは、音が音らしくいるために背中を押すことだ』

 

その言葉に、偽りはない。
もしあの時別れなければ、きっと今頃、音は天馬の隣りで笑っていたのだろう。
神楽木への想いを殺して、彼女は天馬に笑いかけてくれたはずだ。
そしてきっと、音を変えたのは神楽木だということを認められずに、自分が音を変えられなかったことに苛立ち、彼女への罪悪感と行き場のない虚無感に苦しんだのだろう。
音の幸せを願って別れたが、想像できる未来の自分に怖くなったのかもしれない。

 

そんな考えが堂々巡りをして、出口のない迷宮に入り込んでしまった。
何か気を紛らわせたくて、8,9月は学園祭の準備と武道の練習に没頭した。
けれど、昼間は忘れていられても、眠ると昔の夢を見る。
亡き母が音との婚約を喜んでいる夢。
何も知らない天馬と音が、無邪気に笑っている夢。
そして、楽しげに笑っていた音が、ふいに悲しげな目をする。


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『天馬くんは、私のことを信じてくれないんだね…』

 

ただそれだけを呟いて、音の姿は消えてしまう。
音を信じてないわけではないのだと、手を伸ばして叫んでも、決して捕まえられない。風に溶けるように、ゆらりとすり抜けて消えてしまう。
いっそのこと、責めてくれればいいのに。
何故信じてくれなかったのかと、怒りをぶつけてくれればいいのに。
そうすれば、天馬はすべてを受け止めて、ごめんと謝ることができたのに。
けれども、夢の中の音は悲しげな呟きを残して消えてしまうのだ。

今日も、天馬は夢を見る。
夢の中でしか会えない幸せな頃の記憶と、自身を責め苛む悲しい記憶の狭間に、堕ちていく。

『音が喜ぶことを、考えてしまう癖。もう、やめなよ』
浅いまどろみの中で、澄んだ声が聞こえた気がした。

第26話(Bad End)

最後の方は震えながら、泣きながら架純に話していた。

架純は私に寄り添い、抱きしめくれた。

外はもう明るくなっていて

白んだ空がカーテンの隙間から見える。

大志くんを探しに行った日と同じ色をしていた。

架純は何も言わなかった。

ただ、涙を流していた。

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ぬるくなったお茶を飲み、一息つくと私は架純を見つめて言った。

「でも。」

涙が頬を伝う。

「でもね、私、ほんとは知ってたの」

「え?」

架純がこちらを向く。

「大志くんが帰国して会えた日の次の日、

お兄ちゃんの携帯が鳴ってて、私が渡そうと思って見たら着信画面に翔子さんの名前だった。

そこからやけに長電話だなって思ってたら、次の日の朝、仕事が休みだから帰って来てるはずなのに、お兄ちゃんがスーツで出かけたの。

ネクタイは普通のネクタイを締めてたけどお兄ちゃんが見てない隙にカバンをあさったら真っ黒のネクタイが入ってた。

あと、御香典も。

私、何に当たったらいいか分からなくて、

そのお兄ちゃんの黒ネクタイを隠したの。

それに気づかずに出かけて行ったお兄ちゃんを見て罪悪感にかられて、そのネクタイはお兄ちゃんの部屋の机の上に置いておいたの。

そこからの翔子さんの電話とか、いつもあの時期になるとお兄ちゃんと翔子さんと連絡が取れなくなるので、分かってたの。

でも、信じたくなかったし、細かいこと知らなかったから、大志くんが生きているって信じ込んで今まで生きてきた」

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全て言葉にしてしまった。

歪み、歪んで耐えられなくなった世界がひび割れてゆく。

『大志くんが生きている世界』は、終わりを告げた。

「知ってたよ、でも待ってた。

ずっとずっと。

でもカナダに行くことを決めた。

全てを知りたかった。

私が知らない大志くんに会いたくてたまらなかった」

再び涙が溢れる。

「大志くん、会いたい。会いたいよ。会いたい」

嗚咽で声が途切れるまで私は繰り返した。

そんな私を見て架純も声をあげて泣いた。

 

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私が殻に閉じこもり、無理やり時間を止めた世界は終わった。

今からはもう、大志くんのいない世界を生きていく。

もう、戻れない。

第25話(Bad End)

暖かい色の電球が優しく部屋を照らす。

「傷つけてしまうことになると思う」

少しかすれたおじいちゃんの声だけが聞こえた。

そう言っておじいちゃんは話し始めた。

 


大志は大学1年生の時にここに訪れた。

周りの学生から聞いたらしい。

変わった郵便局があると。

私たちはね、手紙を預かるのさ。

そして、指定された日に発送する。

そんな仕事なんだ。

例えば10年後の自分宛でもいい。

言葉のタイムカプセルみたいなものさ。

私の家系が代々この仕事を続けている。

戦争なんかが盛んだった時は特に依頼が多かった。

私たちは自分たちの命より手紙を優先して、送り主の希望通りに手紙を届け続けた。

その話を聞いて大志はとても感動したらしい。

自分にも愛する人がいると、すずのことを話してくれた。

その顔は幸せそうで、本当に愛しているんだということが伝わってきた。

老いて久々に心がなんだか、とても温かくなった。

それくらいすずの事を話す大志は幸せそうだった。

そして、指輪を送りたいと相談を受けた。

私は昔から贔屓にしている、それもまた代々続いていて仲のいい友達の店を紹介した。

パンフレットが手元になくて、まさみさんに聞くと孫と結婚した時にもらったものが残ってると大志に見せた。

大志はとても気に入っていたが、学生にはなかなか厳しい値段だったらしく、

アルバイトをしないといけないと言っていた。

ちょうど若いアルバイトを探していたからこれもご縁だと、良かったらここで働かないかと、言うと大志は喜んで受けてくれた。

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それから働いてもらって2年ほど経って、指輪を買うことができた。

それを眺めてどう渡そうかとずっと考えていたよ。

手慣れた作業も疎かになるくらいにね。

みんなもたくさん相談に乗った。

幸せを分けてもらっている気分だったよ。

でもそれが終わったのは大志が2年生の時の夏だった。

いつも通りアルバイトをしていた大志が急に倒れたんだ。

慌てて病院に連れて行った。

医者の顔と、「ご両親を呼べますか」という言葉で一過性のものではないことが分かった。

私は大志の大学に連絡して両親に連絡した。

両親はすぐに来た。

でも英語は得意ではないらしく、

特に病院の用語となると通常会話ができる人でも難しい。

そこで私が医者と両親の通訳になった。

でも、それはとても悲し言葉ばかりで、私は時に涙を流しながら言葉を訳した。

大志の病は日本よりもカナダの方が研究が進んでいる、ということで両親はこちらに住む事を決めた。

そして、大志のとてもつらい治療生活が始まった。

その頃から私の所に『お客様』として大志が手紙を託し始めた。

宛先は全てすずだった。

時に筆を取ることもつらい日があった。

でも必ず1日1通は私に送って来た。

それを送る日付の欄には『僕が死んだら』、と書かれていた。

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私はそれを見て泣いたよ。

もし、自分が死んでしまってもそれでもすずの事を想いたいと言っていたあの笑顔が蘇って来た。

なんでこんなまっすぐな少年が、どうして。

いつもそんな気持ちだった。

でも、ちょうど普通に学校に通えていたら卒業する頃に、病状が落ち着いて一時的に退院が許されたんだ。

その時真っ先にすずに会いに行くと両親に言ったらしい。

渡せていないものがあるのだと。

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そして、2年前君に会った次の日の朝、大志はもう目覚めなかった。

とても安らかな最期だったと聞いている。

朝、起こしに母親が行くと目覚めなかったらしい。

その寝顔はとても幸せそうで、揺り起こしたら今にも目覚めそうだったらしい。

 

でも、あんまりだと思った。

あんなに真っ直ぐで、優しくて心も美しい少年が、なんで、と。

でも大志の強い想いを届けなければならないと思った。

そして悲しみに暮れるよりも早くすずに手紙を送り始めた。

指定されていた、『死んでから1ヶ月後』の1通目を送り、それからすずへの月に1回の手紙をこの2年送り続けた。

でもまさか、消印ですすがここまでくると思っていなかった。

でも大志はもし、万が一すずがここに来たら真実を話してほしいと言っていた。

だから今、全てを話している。

 


重い溜め息をひとつつく。

 


すず、騙すような事をしてすまない。

でも、大志は本気で、本気ですずを愛していた。

それだけはわかってやってほしい。

2年経ったがまだまだたくさんあるんだ。

すず宛の手紙が。

私の店で一番大きな箱でも入りきらないんだ。

あれは全て大志の想いだ。

 


時計の針の音がやけに大きく聞こえた。

その音がやむことはない。

時間は止まることも戻ることも途切れることもない。

知っている。分かっている。

でも今だけ「嘘だ」と、言わせて。

「全部作り話ですよね?」と、必死に聞く私を許して。

まだどこかにいる、必ず会えなくたってどこかで笑ってる。

そう信じさせてよ、大志くん。

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第24話(Bad End)

「すず、そろそろ起きないか」

そう、優しく揺り動かされて目が覚めた。

おじいちゃんがベッドの傍に座っている。

「美味しい朝ごはんがあるぞ。とは言っても時間はもうお昼に近いが」

ベッドから起き上がって壁掛けの時計を見ると12時を回っていた。

昨日、おじいちゃんの話を聞いた後、私は眠れなくて、明け方にやっと微睡み始めた。

「食欲ないかい?」

「いえ、ありがとうございます。いただきます」

おじいちゃんは嬉しそうな顔をした。

みんなはお昼ご飯を終えたようだった。

でも、まさみさんはまだだったようで私は朝ごはん、まさみさんは昼ごはんを一緒に食べた。

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「みんな私が作ってるのに食べ出すの。

ひどいでしょう?」

そう言って笑った。

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私も少し微笑む。

「昨日はよく眠れた?」

「はい。居心地が良くて、こんな時間まで寝てしまいました」

誰も傷つかない嘘をついた。

まさみさんは察したようでそれ以上聞いてこなかった。

「今日はどこか行くの?」

「いえ、日本に帰ります」

え?と聞き返された。

本当は明日帰国予定だったからだ。

おじいちゃんも離れたテーブルから心配そうにこちらを見つめる。

「行きたいところには行けましたし、それに全部分かって良かった。

行き当たりばったりで来てこんなたくさんの偶然が重なるなんて、本当に嬉しかったです」

言葉の最後にはおじいちゃんを見た。

おじいちゃんは少し悲しそうに微笑んだ。

朝食を食べ終えて支度をすると一階のお店に降りていった。

窓口には明るい顔で訪れる人、暗い顔で訪れる人、みんなばらばらだ。

奥で黙々と仕分けをしている若い人が見えたた。

大志くんはここで働いていた時仕分けと掃除などの雑用をしていたそうだ。

その人が一瞬だけ大志くんに見えた。

私は微笑み、ドアを開けて店を出た。

おじいちゃんがお見送りしてくれた。

「またいつでも来てくれ」

と、私の手を握った。

「早めに来てくれると嬉しいな。年寄りには時間がないんだ。そしてまた、大志の話を聞かせてくれ。そして君の話も。年寄りは忘れっぽいんだ」

私は、「必ず来ます。何度でもお話しします」

そう笑顔で返した。

手をもう一度強く握り返して放した。

2、3歩進んでくるりと振り返った。

「おじいちゃんの仕事、すごく素敵な仕事だと思います」

おじいちゃんは少し驚いた顔をした。

私は手を振った。

そして空港までの道を歩き始める。

笑顔を作れたのはここまでだった。

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なんで、旅行は行きは長く感じるのに帰りは短く感じるのだろう。

あっという間に日本に着いて、なんども乗り継いだバスも電車ももう次の駅で終わる。

電車を叩きつける雨を眺める。

 


「え!すず、どうしたの?」

私は気がつくと傘もささず、キャリーケースを引いて架純の家に行っていた。

「……なかった」

雨の音で私の声がかき消される。

「え?なんて?」

架純がバスタオルや着替えを持ってきてくれた。

「大志くん、いなかった」

私の頭を拭く架純の手が止まる。

「そっか。でも確かに消印だけじゃ難しいよね。でもまた探しに行こう!今度は私も一緒に行くよ」

違う!と、思わず叫ぶ。

架純が驚いて目を丸くする。

「大志くん、死んじゃってた。2年も前に」

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第23話(Bad End)

初めての場所でましてや国も違うのに、無事にホテルに着けるわけなかった。

ビクトリア大学の近くのホテルを取ったはずなのに場所が全然わからない。

キャリーケースを引く手が痛くなってきた。

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街の明かりもだんだんと消え、賑やかなのはBARのような少し風紀が悪くなってきた。

そんな中、一軒の店の明かりが目に入った。

外観で風紀の悪い場所ではないことが分かった。

レンガで作られた建物は分厚い木でできた扉があり、外に時計が付いていた。

窓から覗いてみると日本の郵便局に似ていた。

ここでホテルの行き方を聞こう。

そう思ってドアを開けると、鐘の音が鳴る。

そこには看板を抱えた、30代くらいの男の人がいた。

短髪で爽やかな人だった。

早口の英語で何か言ってきている。

分からないが表情と聞き取れた単語で、

『店はもう閉店だ』と、言っている気がした。

「すみません、お客さんじゃないんです。場所を伺いたいのですが…」

そこまで言って日本語で喋っていることに気づいた。

男性は驚いた顔をした。

「どうされましたか、お嬢さん」

木でできた受付のような場所に白髪のおじいちゃんが立っていた。

「え、日本語がわかるんですか?」

驚いて聞き返す。

「そこの私の孫、お嫁さんが日本の人なんだよ」

だから驚いた顔をしたのか。

「あ、日本の方なんだね。僕はジョン。僕のお嫁さんが日本人でね。道に迷ってるのかい?」

なんだか安心感で涙が出てきた。

「おやおや」と言いながらおじいちゃんがこちらに来てくれた。

「お嬢さんは1人で来たのかい?それは大変だったね。どうだい、温かいものでも飲んで行きなさい」

そう言ってジョンさんに目で合図する。

私はそのまま温かい紅茶をごちそうになった。

飲み終わる頃には涙がひいた。

「落ち着いたかい?」

受付のイスに座り窓口のような所をはさみ、おじいちゃんと向き合っていた。

「はい」

私は笑顔を作った。

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「君は結婚してるのかい?」

私の指輪を見て思ったのか、そう尋ねてきた。

「いえ、これは約束です。婚約する、約束」

そう言っておじいちゃんに見せた。

おじいちゃんはしばらく指輪を見つめて、笑顔だった顔が固まる。

「間違えていたらごめんね。君はすずちゃんかな?」

驚きすぎて声が出なかった。

「そうです。でもなんで…」

Wonderful!surprised!

おじいちゃんが大笑いした。

「Ambitionの彼女だね」

そう言った。

「あんび…?」

「おお、すまない。僕たちは彼をそう呼んでいたんだ。

Boys be ambitious.これは聞いたことあるんじゃないか?」

「少年よ、大志を抱け」

「そう、Ambitionは大志ってことさ。

彼はここでアルバイトをしていたんだよ」

ここで!と、驚いて立ち上がった。

「ビクトリア大学から近いだろう?

ここを噂に聞いて、たまたま訪れた大志を僕が気にいってね。大志もアルバイトを探していたからここで働いてもらうことにしたんだ。その指輪は私が教えた店で彼が買ったものなんだよ」

偶然が重なりすぎて唖然とする。

大志くんの手紙には書かれていなかったことだ。

サプライズのために隠していたのか。

「彼に教えたお店はね、特別な場所で、僕はそこの指輪は分かるんだ。

そうか。あなたか。彼はあなたのことを本当に愛おしそうに話してくれたよ。

そう言えば、さっき君が持っていた地図のホテルだけどね、名前が微妙に違って君が予約したのは隣町のホテルだ。

今からだともう遅いからよかったらうちに泊まらないかい?

大志の話を聞かせておくれ」

悪いですと言うと「こんな面白い偶然、この歳でなかなか出会えない。僕は君と話がしたいんだ」

最後はお願いだよ、と言って気を使ってくれた。

私はひりひり痛む手を見つめた。

今から隣町はとてもしんどい。

ここは好意に甘えることにした。

「すみません、お願いします」

 

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そして、お風呂をかりて上がってくると温かい夕食が用意されていた。

お味噌汁とご飯と魚の煮付けだった。

温かくておいしくてなんだかとても懐かしく感じる。

「すずちゃん、大志くんの彼女なんだってね。ほんとすごい偶然」

ジョンさんの奥さん、まさみさんが食卓の正面に座って話しかけてくれた。

ショートカットでスタイルも良くとても美人だ。

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私が泊まると言っても嫌な顔ひとつせず、

娘さんが今、寮で暮らしているから娘が帰ってきてくれた気分!とむしろ笑顔で日本食などいろいろもてなしてくれた。

「大志とのことを聞かせてくれないか」

おじいちゃんがコーヒーを飲みながら私に言う。

私は出会いから、彼を探しに来ることになった経緯まで全て話した。

おじいちゃんは最初は嬉しそうに聞いてくれていたがだんだん顔が曇った。

「ごめんね、僕たちも彼と連絡を取っていないんだ」

おじいちゃんがまさみさんに目で合図する。

まさみさんが「あ!洗濯物!すずちゃんの洗っていい?」と、席を外した。

しばらくの空白ののちおじいちゃんが重い口を開いた。

「すず、聞いてほしいことがあるんだ」

そこから語られたことは、手紙には書かれていなかった、私の知らない大志くんの話だった。

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